起業後3年間の苦労 訪問501社目で報われる

高校生の時に貧困や飢餓問題に関心を抱いた。東京大学に進学後、1年生でバングラデシュのグラミン銀行(貧困層へのマイクロファイナンス機関)へインターンに赴き、途上国の栄養失調の現実を目の当たりにする。解決策を探ろうと文科3類から農学部に籍を移し、そこで植物性、動物性双方の栄養素を作り出せるミドリムシを知った。日本では1980年代から研究対象になっていたが、だれも培養に成功していなかった。いったん銀行に就職したものの、ミドリムシ研究への熱意は冷めず、1年で退職してユーグレナを起業。苦闘の末に屋外での大量培養に成功する。

トレードマークのライムグリーンのネクタイは4本ずつネットで購入し、「汚れたときに取り替えられるように、予備を持ち歩いています」。ミドリムシ一筋に頑張ってきた、出雲さんの努力の証ともいえる 撮影:筒井義昭

「どんなベンチャーも最初の3年間が一番大変で……。2005年に起業してから08年までは、1人もお客はありませんでした。やっていて苦しいし、売れないのはむなしい。500社に営業に行っては断られて、こんなに良いものなのに、なぜ使ってもらえないんだろう、とへこみました。でも、難民キャンプと違って命を失うわけではありません。きついなあと思った時は、一番尊敬している(グラミン銀行を創設した)ムハマド・ユヌス先生と一緒に写した写真を見て、僕も頑張ろうと気持ちを奮い立たせました」

08年5月のゴールデンウイーク明け、ついに「ミドリムシ、合格」と手を差し伸べてくれる救世主が現れた。501番目に訪問した伊藤忠商事だった。5月9日、伊藤忠からの送金があった通帳記録のコピーを、出雲さんは今も肌身離さず持ち歩いている。

「それからは僕は(伊藤忠が扱う)エビアンを飲んで、ドールのバナナを食べて、レスポートサックのかばんを使って、(伊藤忠子会社の)ファミリーマートで買い物をするんです。すると岡藤さん(伊藤忠会長CEOの岡藤正広氏)がどこかでそれを聞きつけて、義理堅いやつだ、と、日本経済新聞夕刊のコラムに書いて下さった。その反響がすごかったんです」

「ただ、岡藤さんは繊維畑出身でほんとうにおしゃれな方。僕は『おしゃれさだけが足りんなあ』と言われ続けていました。このスーツで会いに行けば、岡藤さんに『ようやく分かったか』と喜んでもらえるんじゃないか。想像しただけでワクワクしますね」

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