副葬品は潤沢に
最上流の人々の墓は生前から用意されていることが多かった。重要人物は、そのときが来ると、美しく装飾された何重もの棺に入れられた。棺はさらに石棺に入れられることもあった。墓が来世への入り口であることを信じていた古代エジプト人たちは、食料、ワイン、衣類、家具など、来るべき旅に必要になるものをすべて用意して墓に入れた。賢者として名高い第4王朝の王子ホルデデフは、「ネクロポリスのあなたの家を美しくし、西の住まいを豊かにせよ」と記している。「死の家は生のためにある」

古代エジプト人の墓には動物も入れられていた。石灰岩に彫刻を施した箱に入ったトガリネズミ、金箔やビーズの装飾で包まれた雄羊、アップリケを施された布に巻かれたトキなどのミイラのほか、小さなスカラベと、スカラベが食べた糞(ふん)の塊も発見されている。こうした動物の中には、亡くなった主人と永遠に一緒にいられるようにミイラにされたペットもいれば、死者の永遠の食事となるように切り分けられたものもいた。神々への祈りを込めて奉納された動物や、神の生ける象徴として大切に葬られた動物もいた。
審判の日
これだけ入念に準備をしても、まだ永遠の命が保証されたわけではない。死者はまず、自分が歩んできた人生について裁きを受けなければならない。古代エジプト人は、誰もが「カー(生命力)」と「バー(魂)」をもつと考えられていた。死が訪れると、まずは「カー」が肉体を離れ、さまよいはじめる。「バー」はその後も体内にとどまり、埋葬されると、呪文や墓の壁に描かれた絵、遺体に添えられた護符などに導かれて冥界への旅に出る。ハヤブサの頭を持つ神ホルスが「バー」を導いて炎とコブラの扉を通し、裁きの場へと連れていく。

裁きの場では、ジャッカルの頭を持つ神アヌビスが、死者の心臓と、真理と宇宙の調和を司(つかさど)る女神マアトの羽根を天秤(てんびん)にのせて重さを調べる。この儀式には「否定の告白」が含まれていて、死者は、窃盗も、殺人も、他人に迷惑をかけたことも、その他の罪も犯したこともないと言わなければならない。審判の様子は、冥界の王オシリスや他の神々が見守っている。審判に合格しなかった死者は、ライオンとワニとカバが合体したアメミットという幻獣に魂を貪り食われ、永遠に目覚めることはできない。
永遠の命を手に入れる
死者の心臓がマアトの羽根と釣り合い、審判に合格すれば、「バー」は再び「カー」と合体し、「アク」になる。「アク」は、美しい山と川がある「アアル(葦原、あしはら)」という明るい領域に出る。アアルはオシリスが支配するこの楽園で、愛する人々やペットと再会し、永遠に暮らすことができる。
とはいえ、死者は現世から永遠にいなくなってしまうわけでもなかった。死者の姿は見えなくても、現世に戻ってきて、供物を食べたり、妻と暮らしたり、召使にかしずかれたりする楽しみを享受することができると考えられていた。

(文 Ann R. Williams、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年11月3日付]