アッシュビルのファストフード店やホテルが並ぶ一画の裏手には、林が広がっている。ジェニファー・ストルールズと2人の同僚は、この林の中で、ホテルの駐車場に近い場所に、獲物を傷つけずに捕獲できる大きな樽(たる)形のわなを運んで設置した。狙いはこの辺りにいる母グマと3頭の子グマだ。
ノースカロライナ州立大学で魚類野生生物保護生物学の博士課程に在籍するストルールズは、作られてから一日たった焼き菓子の箱を開ける。猟犬より鋭い嗅覚をもつアメリカクロクマをおびき寄せるにはうってつけだ。首尾よくわなにかかれば、母グマには麻酔をかけて、以前装着した発信器の交換を行う。
都市・郊外クマ生態調査プロジェクトを主導するのは、野生生物学者のニコラス・グールドだ。第1期調査で100頭を超えるクマに発信器を付けて集めたデータからは、都市のクマと自然の中にすむクマの興味深い差異が明らかになった。都市に暮らす1歳から1歳半の雌の体重は、自然の中にすむ同じ年齢の雌のクマの2倍近くあった。都市の雌の一部は2歳で早くも出産していたが、自然の中にすむ雌が2歳で出産した例はなかった。しかし都市のクマは、4年間の調査中に40%が死んでいる。車両との衝突が最大の原因だ。アッシュビルのクマにとって、都会暮らしが良いことなのか悪いことなのかはまだわからないと研究者は話す。
それでも、ほかの研究結果を見ると、傾向がはっきり見えてくる。アッシュビルと同じく、コロラド州のデュランゴとアスペン、ネバダ州タホ湖周辺でも、都市部に生息するクマは体重が重く、出産頭数も多いが、生まれた子グマはほとんど育たないため、全体数は減少しつつある。太った母グマが何頭もの子グマを引き連れている様子を見ると、都市の成長と郊外の広がりが動物たちに恩恵を与えているかのような印象を受けるが、現実は違うようだ。
人間とクマが仲良く共存しているというのも幻想にすぎない。クマに寛大なアッシュビルでも、近年クマにペットが殺された報告はあり、少なくとも1人が、クマに襲われて負傷している。
共存の道を探る実験が準備中
どうすれば野生の隣人と安全に共存できるのか。その答えを探るため、ストルールズはある実験を準備中だ。まず2つの地区で、「ベアワイズ」と名づけた啓発キャンペーンを行う。このキャンペーンは全米での展開を予定していて、ペットを放し飼いにしない、ごみの管理を徹底する、野鳥の餌台は撤去する、クマには近づかず、食べ物を与えないといった注意事項を住民に守ってもらう。そして、キャンペーンを実施しない2つの地区と比較するのだ。
これら4地区では、発信器からの情報を基にクマの行動も追跡する。ベアワイズを通じて住民の行動が変わり、トラブルの報告が減るかどうかを確かめたいとストルールズは考えている。デュランゴでは研究者グループがさらに一歩踏み込んで、クマが開けにくいごみ箱を1000個以上、住民に配布した。このごみ箱を使用した家では、クマと遭遇する回数が60%も減少したという。
反対にクマを自宅の裏庭に呼びたい人もいる。ジャニス・ヒューズボーはまさにそういう住民で、彼女にとってクマは家族の一員だ。アッシュビル中心部の北東にある彼女の家では、22年前から鳥用の餌を入れたボウルをテラスに置き、腹をすかせたクマに食べさせている。
ヒューズボーの自宅を訪ねると、母グマと2頭の子グマがポーチのそばを歩き回っていた。
だが野生生物の関係当局は、餌づけは住民の間に軋轢(あつれき)を生み、けがをする危険も増えて、結果としてクマに対する拒絶反応が強くなると警告する。だから郡の条例では餌づけを禁止している。ストルールズは、アッシュビルにはヒューズボーのようにクマを愛してやまない住民もいることを知っている。だからこそ、クマと人間の両方にとって最適な共存の道を、自分の研究で示すことができればと願っているのだ。「野生生物はみんなのものですが、クマは野生のままが一番です」
(文 クリスティン・デラモア、写真 コーリー・アーノルド、日経ナショナル ジオグラフィック)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版 2022年7月号の記事を再構成]