都会の野生動物 人とクマは安全に共存できるか

日経ナショナル ジオグラフィック社

2022/7/4
ナショナルジオグラフィック日本版

米国カリフォルニア州サウス・レイクタホで、廃屋の下をねぐらにするアメリカクロクマ。ここは人口が密集するリゾート地で、生ごみなどの食べ物が労せずして手に入る。そのため町にすむクマの体重は、自然環境で生きるクマより約25%も重い

自然における生息域が縮小するなか、人間のすぐ近くでの生活にうまく適応している野生動物たちがいる。米国で調査・研究が進むアメリカクロクマ、コヨーテ、アライグマを取り上げ、人間のつくった都市の環境で、野生動物たちがどのような暮らしを送っているかを見てみよう。

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郵便配達員が車から降り、手紙の束を持って通りを渡る。これだけなら米国のどの町でも見かけるありふれた光景だ。しかし、そこからほんの数メートル離れたところには大きなアメリカクロクマが座り込んでいる。だが配達員は一向に気にする様子もない。

左手に延びる金網のフェンスの向こうは州間高速道路240号線だが、クマは車の騒音もどこ吹く風で、やがて歩道を大股で走って姿を消した。ノースカロライナ州アッシュビルの中心部から1キロメートルも離れていない場所での出来事だ。

ノースカロライナ都市・郊外クマ生態調査プロジェクトでは、100頭を超えるクマに発信器を付けて追跡している。そのうちの1頭である雌の「N209」は、高速道路のすぐ脇でウラジロサトウカエデの木の深いうろに籠もって冬眠していたことが判明した。数メートル先で車が激しく行き交う場所だ。

プロジェクトは8年目だが、「いまだに驚きの連続です」と話すのは、アメリカクロクマと毛皮動物を専門とする生物学者コリーン・オーフェンビュートルだ。彼女の同僚が木に登って「N209」の巣穴の大きさを測定する。アメリカクロクマの研究を始めて23年になるオーフェンビュートルにとっても、木にできた巣穴としてはこれまで見たなかで最大だ。「クマは私たちが思っているよりずっと適応力があります」

アメリカクロクマがアッシュビルの暮らしにこれほどなじんでいるとは驚きだ。ブルーリッジ山脈の麓にある人口約9万5000人の都市で、クマが白昼堂々と住宅街を歩き回り、家々のテラスによじ登っている。彼らを歓迎する住民もいるし、住民と話すと、ほとんどの人がスマホにクマと遭遇した動画を保存しているという。

人間のそばで生きるしかない

アッシュビルなどの都市でクマの姿が見られるようになった背景には、土地利用の変化や、人間の近くで生活すると豊富な食べ物にありつけることなど、複数の要因がある。その結果、北米のアメリカクロクマの個体数は80万頭近くに増えた。都市や郊外が拡大し続けてクマの生息域をのみ込んでいる以上、人間のそばで生きる以外に選択肢がないのが実情だ。

こうした現象は全米や世界中の都市部で確認されていて、アメリカクロクマだけではなく、さまざまな動物に当てはまる。雑食性の哺乳動物の多くが都会に入り込み、行動を変えて生きる知恵を身に付けているのだ。

身近な生き物の研究が進むにつれて、多くの種がかつてない方法で都会の生活に適応している事実が明らかになってきた。たとえば、コヨーテは道を渡る前に左右を確認するし、アメリカクロクマは生ごみの収集日を知っている。そして、アライグマはごみ箱の蓋を固定しているゴムロープを引っ張って開けることができる。

2020年、過去に6大陸で行われた都市部の野生生物調査83件を分析したところ、都市に適応した哺乳動物の実に93%に関して、本来の生息域では見られない行動が確認された。アナウサギ、イノシシ、アカゲザル、ムナジロテンなど多様な動物のほとんどが人間を避けて夜間に活動するようになり、食性が広がって人間の食べ物を食べるようになった一方、行動圏は狭くなった。人間に混じって都会で暮らす動物の生態について理解を深めれば、彼らとうまく共存できるようになると生態学者は話す。

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