曲名にⅡと付いていることからおわかりのとおり、「マツケンサンバⅠ」もあって、マツケンサンバⅠは1992年、マツケンサンバⅡは94年に発表された歌で、既にもうその頃から舞台公演で歌っているのだ。今や「マツケンでGO!(2000年)」、「マツケンサンバⅢ(05年)」、「マツケンのAWA踊り(06年)」、「マツケンのええじゃないか(06年)」、「マツケンパラパラ(07年)」、「マツケン・マハラジャ(11年)」、「マツケンサンバ4(14年)」、「マツケン・アスレチカ(19年)」と、マツケンサンバシリーズは年々アップデートして進化し続けているのである。

師匠「カツシン」に学んだ男のスタイル

ちなみに04年の最初のマツケンサンバⅡブームは、名古屋のラジオの深夜放送でパーソナリティーが受験生に曲をかけたのがブレイクしたきっかけと言われている。しかしそれよりも以前の1995年に、既に時代劇に詳しいコラムニストのペリー荻野氏がテレビ雑誌の「テレビブロス」で「明治座の松平健の舞台公演で歌われているマツケンサンバがスゴイ!」というコラムを書いている。この記事がきっかけで、マツケンサンバⅡは世に知られてCD化されたのである。実は、筆者も95年に明治座で行われた松平健氏の舞台公演をペリー荻野氏と見に行ってマツケンサンバⅡをライブで見ているので間違いございません。

城にふんして愛知の観光名所をPRする松平健さん

マツケンサンバⅡを歌って踊るマツケンしか知らない人は意外に思うかもしれないが、松平健氏の師匠はあの勝新太郎氏である。勝新太郎氏といえばその破天荒で豪快な生きざまはもちろんのこと、ファッションだけでなくスタイルやセンスもダンディーで魅力的な、男なら誰もが憧れる日本を代表する名優だ。若かりし頃のマツケンは下積み時代にカツシンの付き人をしながら、役者としてだけではなく、男の美学とスタイルも教わった。

勝新太郎氏から「主役でない仕事に出るな」、「俺が矢をうつから後は自分の努力で飛んでいけ。努力しなかったら落ちるよ」と言われて、いきなり「暴れん坊将軍」で主役に大抜てきされたのは有名な話。実際、若い頃の松平健氏はチョーイケメンで、勝新太郎はその目力を見て「こいつは大物になる」と見抜き、厳しくもかわいがったのだそうだ。

こんなエピソードがある。暴れん坊将軍で売れ始めた頃に役者仲間と居酒屋で飲んでいたら、勝新太郎から「安い居酒屋に10回行くなら、その金をためて銀座のクラブに1回行け。映像にはその人のプライベートが出る。安い酒場にいる奴はその色がすぐに出てくる」と言われたという。カツシン流の「遊ぶなら一流を知れ」という教えですな。マツケンはその教えを守って20~30代の頃は借金を作ってまで銀座のクラブで遊びまくったらしい。

警視庁の交通安全運動にも一役買っている松平健さん。スーツ姿もキマっている

また、勝新太郎から「ジーパンははくな」と言われていたので、私服ではジーンズをはいたことがなかった。ところがマツケンサンバⅡがブームになった時に女性ファッション誌でファッションページの撮影があり、そこで初めてスタイリストが用意したジーンズをはいたんだそうだ。これがきっかけでジーンズを解禁したという。

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