日経Gooday

動きにブレなどの不安要素がない大学生ランナーに期待

日本人選手に関して感じたことを、もう少しお話ししたいと思います。サルピーター選手についていった安藤選手は淡々とした走りが特徴で、本人は納得していないかもしれませんが、本当によくがんばったと思います。世界選手権の派遣設定記録(2時間23分18秒)を突破したものの、残念ながらあと一歩のところで世界選手権の代表には選ばれませんでした。でも、9月に中国・杭州で行われるアジア大会代表として、経験と準備を積んでほしいと思います。

また、5位に入った大東文化大学4年生の鈴木優花選手も、注目すべき見事な走りだったと思います。彼女は自分の身体をよく知り、動きにうまく反映させていると思いました。ウエートトレーニングの成果かもしれませんが、フォームを見ていても動きにブレなどの不安要素がなく、腹斜筋や腹筋をつなぐ大腿部がしっかり鍛えられていて、脚の引きつけも含めて安定感を覚える力強い走りでした。4月からは第一生命グループ女子陸上競技部の所属選手として走りますが、バルセロナ五輪女子マラソン4位であり監督の山下佐知子さんもとても期待している選手です。

今回の大会を総合的に見ると、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)の記録を突破したのは8人。東京マラソンよりも多い人数なので、女子選手も少しずつレベルアップしているなと感じました。3月29日の選考で今夏の世界選手権代表に選ばれた一山選手、松田瑞生選手(ダイハツ)、新谷選手にはしっかり準備して、世界へのチャレンジで、より自らの可能性を引き出してほしいと思います!

深刻な世界情勢を素通りするオリンピアンになりたくない

最後に触れておきたいのは、ロシアによるウクライナ侵攻がスポーツの世界に与えた影響についてです。マラソン大会でランナーがウクライナの国旗の色のコスチュームで走るなど、海外では多くのトップアスリートがさまざまな形で平和を願い、反戦を訴えているシーンを目にします。それは、「スポーツ=平和の象徴」であるからです。

しかし、日本のスポーツの公の場では、コロナの話題は出ても、戦争に対する思いやメッセージを発信する人が少なく、話題にする人もあまりいないように感じています。われわれが学び足りない両国の深い歴史や事情は多々あると思いますが、このようなとき(もちろん日常的にも)、平和を願う発信はできるように思いますし、この問題に全く触れようとしない状況に、私自身はやや違和感を覚えています。

そんななか、名古屋ウィメンズマラソン前日の組織実行委員会で、出席者として「大会を盛り上げるためにコメントをお願いします」と振られる機会があったので、このようなコメントをさせていただきました。

“例年であれば、「また今年も大会が開催されます、がんばりましょう」と言えますが、今の世界情勢を見れば、これは当たり前ではなく、大会を開催すること自体が簡単なことではないと感じています。

この大会の歴史を振り返ると、私が1992年のバルセロナ五輪、1996年のアトランタ五輪で戦った同志であり、友人であるロシア人のワレンティナ・エゴロワ選手が活躍した大会でもあります。


しかし今は、ロシアの選手が活躍することが困難な状況になってしまっている。それは、平和と切り離せないメッセージ性を持つ意味・意義が、スポーツにはあるからです。私自身、参加者の皆さんとともに、こうした世界情勢の中でも走ることができていることを忘れずにいたいと思います”

スポーツは社会で健康・健全に生きていくための大切な手段だと私は常に考えています。そんな中で、深刻な社会情勢の話題を避けて通ることへの違和感や、自分は何を発信できるかという問いかけを、私はいつも持っていたいと思っています。平和の象徴であるスポーツに携わってこられた身だからこそ、平和に対するメッセージをできる限り、できる範囲で発信したいと考えています。

(まとめ 高島三幸=ライター)

[日経Gooday2022年4月8日付記事を再構成]

有森裕子さん
元マラソンランナー(五輪メダリスト)。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。

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