人間だけではない共感や不満 動物の感情を探る

日経ナショナル ジオグラフィック社

2022/10/3
ナショナルジオグラフィック日本版

[仲間を助ける]「ラットは共感の基本的な要素を示す」と、テルアビブ大学の神経科学者インバル・ベン=アミ・バルタルは言う。透明な筒に閉じ込められた仲間を助けるかどうか実験したところ、ラットは同じ社会集団の仲間だけを助けることがわかった。ただし若いラットは、他集団の仲間でも助ける(PAOLO VERZONE)

数十年前まで、動物たちが何を考えているかなど、研究する価値はないと大半の研究者は考えていた。しかし現在、カラス、ラット、サルなど、多くの動物にも複雑な感情があることがわかってきた。共感や不満を抱くのは、人間だけではないようだ。

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愛犬のチャーリーと暮らし始めて8年になる。

犬種はブラッドハウンド。ちょっとした買い物に出かけたときでも、帰宅すると大喜びで迎えてくれる。私が笑うと、隣の部屋からパシンパシンと音が聞こえてくる。チャーリーが振る尻尾が床に当たる音だ。姿が見えなくても、私の笑い声が聞こえるだけで、うれしくなるらしい。

これほど絆が強いのに、私はよく妻に尋ねる。「この子は僕が好きかなあ?」。そのたびに妻はちょっとだけうんざり顔で答える。「そりゃあ大好きよ!」

ほかの動物にも、人間のような心があるのだろうか。私たちと同じように思考や感情、記憶をもっているのか。

私たち人間は今でも、自分はほかの動物とは根本的に違うと考えている。けれども、この半世紀ほどの間に、科学者はほかの多くの動物にも知能があることを示す証拠を数多く集めてきた。ニューカレドニアに生息するカレドニアガラスは小枝でフック状の道具を作り、木の幹に潜む幼虫を捕まえる。タコはパズルを解くし、巣穴を守るために入り口に石を置く。このように、驚くほど高い認知能力を示す動物はたくさんいる。だが、そうした動物はもっぱら生存と繁殖のために機械的に行動しているだけなのか、それとも、そこには心の働きがあるのだろうか。

増え続ける動物の行動に関する論文

動物の行動に関する論文は増え続け、死んだわが子を何週間も運び続けた母シャチなど、野生動物に関する観察事例も次々に発表されている。こうした研究から、多くの動物には人間と共通する能力がこれまで考えられていたよりはるかに多く備わっていることがわかってきた。ゾウは仲間の死を悼み、イルカは遊ぶ。イカは個体ごとにはっきりと性格が異なるし、ワタリガラスは仲間の気持ちに寄り添うような行動をとる。多くの霊長類は強固な友情を育み、ゾウやシャチなどは、長老格が経験から得た知識を次世代に伝える。ラットも含め、共感や優しさの表れのような行動を見せる動物もいる。

驚くほど多様な動物に感性や豊かな精神生活があることがわかってくると、動物に対する見方をがらりと変えなければならなくなる。30年ほど前まで、動物の心は研究する価値のあるテーマとは見なされていなかった。「動物の感情など、ただの空想扱いでした」と米エモリー大学の動物行動学者で、霊長類の行動を長年研究してきたフランス・ドゥ・バールは話す。一部の動物に感性があることは数十年前から認められつつあるが、人間とは比較にならないようなものと見なされ、その重要性は過小評価されていたという。

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