粕谷祐子・慶応大学教授「制度設計の変更も必要に」

「1票の格差」問題をどう考えたらよいか。比較政治学が専門で各国の選挙制度や1票の格差に詳しい慶応大学の粕谷祐子教授に聞きました。

――世界的にみて1票の格差はどの程度ありますか。

慶応義塾大学法学部教授 粕谷祐子氏

「議会選挙における1票の格差は、世界のほとんどの国で避けて通れない問題です。例外はイスラエルのように全国を1つの選挙区とする選挙制度を採用する国ですが、そのような国はかなり珍しいです。世界の主な地域別に見ると、アフリカ諸国とラテンアメリカ諸国で1票の格差が大きくなっています」

「1票の格差の国際比較によく使う指標に『ルーズモア・ハーンビー指標』があります。各選挙区の人口と議席数がそれぞれ全国に占める比率を比べ、その乖離(かいり)を集計したものです。例えばある選挙区の人口が全国人口の3%で、定数も総定数の3%なら、その選挙区の乖離はゼロです。全選挙区について集計した全体の値が高くなるほど1票の格差が大きいことを意味します。これを使うことで選挙制度が異なる国の間でも国際比較が可能になります」

「私が以前に行った共同研究で160カ国における下院(一院制の場合は単に国会)の1票の格差を計算してデータベースを作成しました。下院レベルで1票の格差がかなり小さい国は、米国の1.4(2010年選挙)、オーストラリアの2.5(12年)などがあります。これよりやや高いのが英国の4.2(15年)で、日本の衆院は小選挙区と比例代表を総合した値では5.1(14年)でした。このデータベースでは平均が8.6、中央値が6.6です。大ざっぱにいえば、衆院の1票の格差は世界的にみると平均よりもやや小さいことになります。ちなみに最大はハイチの40.1(15年)です」

「日本を歴史的にみると、中選挙区制時代のルーズモア・ハーンビー指標は10以上のことがほとんどでした。例えば中選挙区制での最後の衆院選となった93年選挙では17.8で、国際的にみてもかなりゆがんだ区割りでした。中選挙区制時代のゆがみは①各都道府県への議席配分②各都道府県内での選挙区境界の線引き――という2つのレベルで生じていました。現在は、主に各都道府県への議席配分のレベルで問題が起こっており、都道府県内での選挙区境界の線引きの段階では格差はかなり小さく抑えられています。小選挙区比例代表並立制の時代になり、かなり改善してきている状況です」

「上院に関しては、下院データベースほど網羅的ではありませんが、29カ国を対象とした場合の世界平均が18.6で、参院(07年)は9.7と、こちらも低い部類に入ります。ただ、9.7は比例代表と選挙区を合わせた数値で、選挙区のみでは16.1と平均に近くなります」

――1票の格差が大きい国と小さい国にはそれぞれどんな傾向がありますか。

「1票の格差に影響を与える要因として選挙制度は重要なもののひとつです。一般的な傾向として、小選挙区制の方が比例代表制より格差が大きくなりがちです。小選挙区制は個々の選挙区を細かく区切る必要があり、1つの選挙区に複数の議席を配分できる比例代表より人口比に応じた区割りが難しくなりやすいためです」

「小選挙区制でも1票の格差が非常に小さい国もあります。米国の下院がその一例で、この場合、司法府による抑止効果が働いています。米下院は60年代までルーズモア・ハーンビー指標が8程度と高めでしたが、60年代から80年代にかけて最高裁判決がいくつかの州で起こっていた投票価値のゆがみを違憲としたため、全国的に是正が進みました。選挙制度に加え、政治から独立した司法の存在も、1票の格差に影響を与える要因として重要です」

「上院の場合、連邦制を採用する国で1票の格差が大きくなる傾向があります。例えば米国36.4(92年)、アルゼンチン48.5(95年)、ブラジル40.3(98年)などです。州などの行政単位で選挙区を設定することが多く、区割りの基準が人口比にならないためです」

――政治体制や民主主義の成熟度によっても違いますか。

「政治体制がどの程度民主主義的か、という点も関係します。区割りの操作は、政府与党にとって勢力維持のためのツールであることがよくあります。このため、司法だけでなく、議会、メディア、市民団体など、政府に対するチェック・アンド・バランスが機能していない場合、つまり民主主義のレベルが低い体制の場合には、1票の格差は大きくなりやすい傾向があります」

「極端に政治的自由がないタイプの独裁では、そもそも野党が勢力を持たないので選挙操作のインセンティブが低く、1票の格差は大きくなりにくいです。それに対し、ある程度は競合的な選挙が存在するものの、西欧先進国ほどには政府抑制のメカニズムが発達していない『競合的権威主義体制』において1票の格差が最も大きくなる傾向がみられます。これは先ほどの160カ国のデータベースを使った研究から得られた知見です」