想像を超えた転職活動の壁

勤め先の経営危機が深刻化する前の社愛を、Aさんはこう振り返る。「役職定年制度はもちろん知っていましたが、それが本当に至近距離に見えてくるまでは、私は自分事として全く意識していませんでした。規定では56歳が役職定年なのですが、周囲の56歳の誕生月を迎えた諸先輩を見渡すと、退職金をもらい、関連会社のポストを得て、60歳まで勤務して、その後は、取引先にポストを得るというコースがみえました」

やがて、社内の景色が少しずつ変わり始めます。「しかし、いつの頃からか、役職定年を迎えた56歳以降も、同じオフィスに居続ける先輩の数が増えてきました。それでも、多くの諸先輩がそれで生きているのだから、自分もそれで生きていくのだろうと思い込んでいました」(Aさん)

そんな時期に経営危機が起こりました。「54歳の時に32年勤務した会社を襲った経営危機は、それまで深く考えることをしないで漠然とイメージしていた人生プランが幻想なのかもしれないと、初めて考えさせられるきっかけとなりました。長きにわたって信じていたものが幻想なのかもしれないと感じたとき、人はどうなるのかということを知る機会にもなりました」(Aさん)

それからしばらくの間、会社の再生に最後まで微力を尽くしたいという思いと、第2の人生に踏み出すべきではないかという思いの間でAさんは揺れていました。3カ月ほど、心が揺れる日々を過ごした結果、会社の経営状態に関係なく、「役職定年」の4文字が意味することに思いが至り、第2の人生に踏み出そうと覚悟を決め、転職活動を始めたのです。

ここからはAさん自身の言葉で、苦労続きとなった転職活動を振り返ってもらおう。「転職活動を開始した当初は、そんなに苦労なく、次の居場所は決まるはずだろうと軽く考えていました。しかし、転職市場に飛び込んでみてわかった現実は、そんな生易しいものではありませんでした。今だからわかりますが、Z社にいた32年間でどれだけの実績を残してきたと自負していたとしても、中途採用する側からするとそれはすべて過去の話でしかありません」

「結論から言うと、そこから2年間、塗炭の苦しみを味わうことになりました。サラリーマン生活を比較的順調に過ごしてきて、それなりの地位にもあった自分からすると、筆舌に尽くしがたい思いを味わうことになりました」

「転職活動の最初は、転職サイトを使って求人を検索して、ちょっとでもひっかかりそうなところがあれば、どんどん応募していきました。しかし、10社、20社、30社と応募しても、不採用通知すら来ないありさまでした。徐々に条件を広げて手あたり次第チェックしていきますが、それでも一向にらちがあきません」

「次に実行したのは、リンクトインを通じて片っ端から転職エージェントに『つながり申請』を送るという作戦です。あるエージェントでは、私からのつながり申請が社内で話題になっていたと聞きました。色よい返事がもらえる転職エージェントは少なかったのですが、幸いなことに2人のコンサルタントが私に1年間にわたって伴走してくれました」

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