性別二元論に挑戦した人々の中には、公的な役割を担った人物もいる。たとえば218年から222年にかけてローマを治めた皇帝ヘリオガバルス。男性として生まれたこの皇帝は、その短い治世の間に、女性的な服を身に着け、「彼女」と呼称されることを求め、性器切除手術への希望を表明した。人々から敬遠され、汚名を着せられたヘリオガバルスは、18歳のときに暗殺されてテベレ川に投げ捨てられた。

19世紀の人物アルバート・キャシアは、真実を隠して暮らしていた。彼は南北戦争に北軍の兵士として参加し、40以上の戦闘で勇敢に戦った。出生時に女性に割り当てられたにもかかわらず、この戦争で男性として戦った人は少なくとも250人存在し、キャシアはそのうちの1人だった。数十年後に実情が暴露されると、彼の戦績には疑いの目が向けられるようになった。戦友たちは彼を擁護し、軍人恩給は確保されたものの、最終的にキャシアは精神科病院に収容され、無理やり女性用の服を着せられた。

性別適合手術が可能な時代に

20世紀初頭、医学の進歩が、ホルモン療法や性別適合手術を可能にした。医師で改革者のマグヌス・ヒルシュフェルトによって1919年にドイツで設立された「性科学研究所」の功績などにより、医学的な性別適合は、トランスの人々の生活とジェンダーについての世間の概念を変えることになった。

それでも、初期の手術は過酷なものだった。たとえば、同研究所における最初期の患者の1人であったドイツのトランスジェンダー女性リリー・エルベは、失敗に終わった子宮移植手術の後、1931年に死亡している。

性別適合手術を受けた最初の人物として知られるリリー・エルベ(1886〜1931年)。(ULLSTEIN BILD/GETTY IMAGES)

1950年代、米退役軍人のジョーゲンセンが、デンマークと米国でホルモン治療と性別適合手術を受けた。この移行により、彼女はセンセーションを巻き起こした。新聞が「元米兵、金髪美人になる:ブロンクスの若者、2年で6回の手術を受け幸せな女性に」といった見出しの記事を書き立てたためだ。

こうした報道によって収入を得る手段を失ったジョーゲンセンは、自分の存在を売りにするしかなくなった。ナイトクラブのパフォーマーとして、また「例のあの人」的に言及される人物として、彼女は世界中のトランスジェンダー・アイデンティティーを代表する顔となった。

ナイトクラブに出演するクリスティーン・ジョーゲンセン(55歳)(BETTMANN ARCHIVE/GETTY IMAGES)

ジョーゲンセンのような広く知られた事例をきっかけとして、「トランスジェンダー」という言葉は辞書に載るようになる。学者たちは、この言葉の起源を1960年代とし、医学界およびジョーゲンセンやバージニア・プリンスのようなトランス活動家たちがこれを使用していたとしている。1990年代には、急速に発展したトランスプライド運動とともに、この言葉は広く使われるようになった。

今日、「トランスジェンダー」という言葉は、トランスジェンダー関連の資料室「トランスジェンダーアーカイブズ」の創設者クリスタン・ウィリアムズが言うところの「幅広いジェンダーバリアントなアイデンティティーやコミュニティーを表現するための包括的な用語」として使われている。

トランスジェンダー権利運動

20世紀半ば以降、トランス活動家たちはより広く社会に受け入れられるよう働きかけを始める。それは米国人LGBTQの市民権獲得に向けた最初期の試みでもあった。

1959年、LGBTQコミュニティーの間で人気があったカフェ「クーパードーナツ」において、以前からいい加減な理由でトランス女性たちを逮捕していたロサンゼルス警察に対して、トランスの人々やドラァグクイーンなどが反撃に出た。この事件は「暴動」と呼ばれたが、実のところその内容は、警官による嫌がらせをやめさせようとしたLGBTQの人々が、彼らに向かってドーナツなどを投げつけたというものだった。

このほか、初期の組織的な取り組みとしては、1966年にサンフランシスコのドラァグクイーンたちがカフェテリアで起こした暴動や、広範なゲイプライド運動が起こるきっかけとなった1969年のストーンウォール暴動、雑誌『トランスベスティア』の創刊などがあった。

トランスの人々は、結婚を禁じたり、差別を可能にしたり、社会でオープンに生きる権利を脅かしたりする法律に対して異議を唱えるなど、多様な方面において社会の偏見や迫害と闘い続けた。暴力にさらされても彼らはあきらめず、トランス解放の名のもとに団結して、互いを支え合うコミュニティーを形成していった。

「わたしたちを見てください。わたしたちは生き残るために闘っています」。1992年、トランスマスキュリン(出生時女性に割り当てられたものの、男性寄りのジェンダー・アイデンティティーを持つ人々)の作家レスリー・ファインバーグはそう書いている。「自分たちの声を聞いてもらうために闘っているのです」

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