1999年、トランス活動家のモニカ・ヘルムズが、運動を特徴づけることになるシンボルを考案した。トランスジェンダーのプライド・フラッグだ。ジェンダーの割り当てと深いかかわりがあるブルーとピンクのストライプを使ったこの旗には、白いストライプも含まれており、これはインターセックス(普通とされる男性・女性の体とは一部異なる発達を遂げた体の状態。医学的に性分化疾患(DSD)と呼ばれる)、トランジショニング(ジェンダー移行中)、ノンバイナリー(男性・女性のような枠組みにとらわれないジェンダー・アイデンティティー)を表現している。

米国人のゲイ解放活動家マーシャ・P・ジョンソン(中央左、黒っぽい服に黒髪)と、身元不明の人々。1982年6月27日、ニューヨークでのプライドマーチの最中、クリストファー通りと7番街の角にて(PHOTOGRAPH BY BARBARA ALPER, GETTY IMAGES)

「自殺を考えたことがある」が82%

米国では現在、トランスジェンダープライド運動が急速な盛り上がりを見せ、トランスの人々に対する認識はかつてないほど高まっている。しかし、依然、トランスやノンバイナリーの人々に対する社会からの疎外は続いている。

LGBTQ擁護団体「ヒューマンライツキャンペーン」の推定では、2021年だけでも、50人のトランスおよびノンバイナリーの人々が殺害された。2022年のある研究によると、トランスジェンダーの82%が自殺を考えたことがあると報告しており、また同研究の調査対象となったトランスの若者のうち、56%が過去に自殺未遂をしたと答えている。

トランスジェンダー権利擁護団体「全米トランスジェンダー平等センター」によると、トランスの人々の4人に1人以上が、偏見によって引き起こされた暴行を経験している。この割合は、トランス女性や有色人種ではさらに高くなる。

平等と可視化を求める動きは学問の世界にも及んでおり、ギル=ピーターソン氏のような歴史家たちが、トランスの人々の人生を記録する活動に取り組んでいる。トランスの人々の物語は、年長者から次の世代へと口伝によって受け継がれてきた。「わたしたちは常に自分たち自身の歴史家だったのです」と、ギル=ピーターソン氏は言う。

トランスジェンダーの人々を罰したり、その名誉を貶(おとし)めたりした人々は、深く考えることなく、自分たちから見た事の成り行きを記録している場合が少なくない。歴史家たちは、医学文献、裁判記録、警察の調書などに含まれる膨大な証拠を活用している。偏見のある視点で書かれてはいるものの、これらの資料には、トランスジェンダーの人々が過去、どのように生き、どのように自らを表現していたのかがとらえられている。

「歴史家としてわたしが直面している最大の問題は、資料を見つけるのが難しいことではなく、書くべきことが多すぎることです」とギル=ピーターソン氏は言う。「自分が仕事をしているうちに書くには、時間が足りないでしょう」

しかし、歴史家たちもよく知っている通り、現代の概念を過去に適用することは、ときに注意を要する。「トランスジェンダー」のような言葉は、その言葉が存在する前の時代に生きていた人々に言及する際にも使うべきなのだろうか。また、自分の代名詞(自分がどう呼ばれたいかを示す代名詞「she/her」「he/him」など)を共有する選択肢のなかった人々、あるいは性別不一致を抱える者としてのカムアウトを望まなかった人々については、どのように書くべきなのだろうか。

結局のところ、トランスジェンダーの経験がどれも同じではないように、トランスジェンダーの歴史にアプローチするための手引きも存在しない。歴史家はそこにこだわるよりも、「性別二元論に挑戦した人々のたくさんの物語を掘り起こし、彼らの人生そのものに語らせるべきだ」と、ギル=ピーターソン氏は言う。

「歴史家や一般の人々がまずやるべきなのは、トランスの人々の存在は最近の現象であるという考えを捨て、彼らの物語を見つける方法を学ぶことだ」と、氏は述べている。「LGBTの歴史は、わたしたちから物理的に隠されているのではなく、過去についてのわたしたちの想像力から隠されているのです」

(文 ERIN BLAKEMORE、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年6月29日付]