
東京ビーフ、そのお味は?
包丁で切った肉の断面がぷっくり膨れている。「今が最高の状態ですので、塩とわさびをちょっと乗せて食べてみてください」。口の中でほろっと溶けるような感覚。しかし、脂っこさを感じさせない赤身主体のしっかりとした肉の味。非常に貴重な肉であるにもかかわらず、白いご飯との相性が良すぎて、パクパクといってしまいそうなところを必死で自制した。
「料理長、とてもおいしかったです。ところで、そもそもおいしい肉って一体なんなのでしょう」と素朴な疑問をぶつけてみた。土屋料理長はしばらく考え込み、こう言った。「『これこそがおいしい肉』と言い切ることは難しいですね。食べる人の年齢や体調によっても変わります。若いときは米国産のステーキの塊にかぶりつくのが良かったのが、次第に柔らかい和牛が好ましくなったりもしますよね。東京ビーフ、飛騨牛、米沢牛、それにアンガス牛などの外国産の牛肉も、ちゃんとしたルールにのっとってちゃんとした調理をすればどれもおいしいんですよ」
肉料理の質を決める大きな要因が、火の使い方だ。炭火だったり、オーブンだったり、フライパンだったり、あるいはカウボーイよろしく薪で豪快に焼いたり。そんな中で同店は鉄板を使って肉を焼く。土屋料理長は「鉄板で焼くと、シズル感が出るんです。ジューシーさが飛ばずに肉に残っているのが良いところです」と語る。
鉄板焼きといえば、鉄板を挟んで料理人と客が対面する形式を思い浮かべる人が多いのではないか。同店でも、料理人と客が対面する劇場のような部屋から、鉄板は脇にあり、客同士が対面で会話しやすいような部屋まで様々なバリエーションがあり、用途によって使い分けることができる。「お客様同士が会話をしやすいようにという点を第一に考えています」(土屋料理長)という。

会話に夢中になっても料理が冷めないように温かさを保つプレートが、座敷席の卓上に埋め込まれるなど、心配りが細かい。「若会席」という店名の通り、会話が生まれる場所でありたいということが、この店の根っこにあるからだろう。ちなみに「若」はポルトガル語で牛を意味するvaca(ヴァッカ)から取ったという。
最後に、この店と「おなじみ」になるにはどうしたらいいのか、土屋料理長に尋ねた。答えは明快だった。「まずは料理人やスタッフとたくさん会話していただければ、わたしたちもうれしいです」。店での楽しいコミュニケーションの積み重ねがあってこそ、食事はもっとおいしくなる。そんな当たり前のことを心から大切にしている店だ。
(グルメクラブ編集長 桜井陽)