ハライチ岩井勇気 普通の日常が奇妙な笑いの世界に
お笑いコンビ「ハライチ」の岩井勇気がエッセー集第2弾『どうやら僕の日常生活はまちがっている』を発売した。「お笑いは人に見てもらわなくてもいいけれど、エッセーは読んでもらわないと困る」と語るその真意は?
エッセー集第1弾となった前作『僕の人生には事件が起きない』は累計10万部を突破。今回、待望の第2弾『どうやら僕の日常生活はまちがっている』が出版、しかも初の書き下ろし小説を収録とあって、いよいよ作家に!?と注目を集めるも、「いや、書き物で名を馳(は)せようと思ってないですから」。まったく色気なし。
「今回も、出版社のほうから『小説書きましょう』って言われて。その言い方も、『岩井さん、これだけ書けるんだから、小説いけますよ!』と、さも『ステップアップしましょうよ』みたいな感じで。ああこれ、確実に"小説家"のほうが上だと思ってんな……と。その扱いの違いに、腹立っちゃって。だからエッセーっぽいもの書いて小説だって言い張ってるんです」
芸人、岩井勇気。澤部佑とのコンビ・ハライチの、「陰に隠れがちなほう」で、「しかしネタは10割書いている」ため、「書けそうだな」と思われて『小説新潮』から執筆依頼があったのが3年前。さらにウェブでの連載も始まり、月に2本のペースで、日常を独自の視点でつづってきた。今作でも「喉に刺さった魚の骨が取れない」「地球最後の日に食べたいもの」「渋谷で初めて『寅さん』を観た」と、書かれているのはびっくりするくらいなんでもないことばかり。しかし、それが岩井の手にかかると、奇妙な笑いの世界になる。
「何も起こってないのに1本話が書けた、っていうほうがいいんですよね。今回なら、『コラボキャンペーンの悲劇』。話としては、『牛丼屋でアニメのクリアファイルがもらえなかった』だけです。ただ、その時の僕の悲しさを、読む人になんとか伝えたい。それで、貧しい家の小学生の物語を想像して加え、この悲劇をより分かりやすく説明しました。この一編は、自分でもわりと気に入っています」
物事のコツをつかむのがとにかく早い。美術や文章も、「どうすればうまく"見える"か」という目で観察するのだという。
「エッセーなら、最後の1文をうまい感じに書いとけばいいんでしょ? みたいな。多用しすぎて担当編集者に注意されましたけど(笑)。たいていのことは分解していけばロジックが分かります。ただ、相方の澤部だけは、途中までしか分解できないんで理解不能(笑)。マネできない。すごいなって思います」
ハライチの漫才が面白くなく見える仕事はしたくない
「なんでこの人こういうことするんだろう」と気になる。行動原理を考えるのが楽しいのだと言う。「珪藻土バスマットをめぐる母との攻防」編で繰り広げられる、相手を思い通りにしようとする母と息子のやりとりは秀逸だ。
「無自覚な悪、みたいなものを糾弾したいわけではないんです。ただ知りたいだけ。結果、『この人にいやらしい部分があるからなんだな~』って(笑)、行動原理が分かれば、それで納得なんです」
ラジオパーソナリティー、ゲームのプロデュース、マンガの原作、音楽制作、ドラマやCMにも出演と、多方面で才能を発揮している。
「ハライチの漫才が面白くなく見えるような仕事は、したくない。だから小説家にはならないし、アイドルみたいにやたら写真を撮られるのも厄介です。そういう扱いで売られている芸人は軽蔑します。そして、俺が1番、俺のことを監視してますからね。俺が1番、目が鋭いんですから(笑)」
出版社からは3冊目を視野に入れての連載続行を打診されている。"監視"のなか、執筆活動は続く。
「お笑いは、自分がめちゃくちゃやりたいことなんで、極端なことを言えば、人に見てもらわなくてもいいんです。でも、エッセーは、たいしてやりたいことでもないからこそ、読んでもらわないと困りますね。やりたくもないし手応えもないし読んでももらえないじゃあ、意味が分かりません(笑)」
連載エッセー22編に、書き下ろしエッセー1本と、書き下ろしの初小説を収録。さらりと描いて絶妙にうまい自筆イラストも多数。「小説 僕の人生には事件が起きない」は、ある夏の日の夕刻、スーパーマーケットに買い物に出かけた主人公が、路地を抜けようとして"裏"の世界に迷い込む物語。小説でありながらエッセーのような、読者を現実と非現実の狭間へと連れていく、不思議な世界観が印象に残る。(新潮社/1375円)
(ライター 剣持亜弥)
[日経エンタテインメント! 2021年12月号の記事を再構成]
関連リンク
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。