トウガラシの山を崩して中から鶏肉を探す楽しみ

「四川豆花飯荘 麻婆豆腐」は今や同店の一番のオススメであり、人気ナンバー1のメニュー。本場の味を提供し続けられるのには、理由がある。実は、シンガポール本店から現地の総料理長が半年ごとにやってきて、マーボー豆腐の味に狂いがないか、厳しくチェックしているのだ。それを任され、責任を負っているのが、中国料理歴37年の井上料理長。
レシピがあれば料理人なら誰でもできそうなものだが、「レシピがあるといっても、レシピじゃないんですよ」と井上料理長。どういうことか。「塩を○○グラム」「○分炒める」といった表記は一切ないという。例えば、中華料理は火加減が重要だというが、同じ3分でも技術がないと同じ味にはならないのだ。「シンガポールの総料理長の料理と同じ味をどうやったら再現できるか、技術勝負の世界なんです」(井上料理長)
次にオススメしたいのは「鶏肉の重慶とうがらし炒め」だ。これも、シンガポール本店の料理長が厳しくチェックしている。山盛りの赤いトウガラシを箸でちょっとずつ崩しながら、小さく切った鶏モモ肉を探して食べ、トウガラシは食べずに香りを楽しむアラカルト料理。
鶏モモ肉は特殊な衣を作り、時間をかけて揚げるので、外はカリカリ、中はジューシー。それとトウガラシを合わせて、鍋をあおり続ける。鍋をふる手を休めるととたんに焦げてしまう。注文してから10分以上はかかる。それだけ手間のかかった料理だけに、味わいもひとしおだ。
こちらも、マー(しびれ)が強い料理。サンショウ油が効いている。このほか、トウバンジャンをベースに炒めた老油、トウガラシがベースのラー油など、多様な手作り油を駆使しているので、マー(しびれ)に加えてラー(辛い)も織りなす味が奥深い。やはり砂糖は使っていないことで、こちらもうま味がストレートに伝わってくる。
同店では接待や会食に向けて、8800~3万円のコースを7つ用意している。価格の違いは、使っている食材の違いで、高額コースにはフカヒレや干しアワビなど高級食材がふんだんに使われている。コースで最も人気があるのが、上述のオススメ2品が入っている「正宗四川コース」(9900円)だという。「正宗」は本場という意味だそうで、本物の四川料理を味わってほしいという思いが込められているのだろう。

四川料理の辛さをマイルドに調和してくれるのがお茶だ。同店では、中国の国家資格、茶芸師を持つ中国人スタッフによるお茶のサービスが人気を呼んでいる(ティーチャージがかかる)。注ぎ口が1メートルほどの茶器を操って、ダイナミックに茶を注ぐパフォーマンスには、思わず息をのむ。
お茶はジャスミン茶にナツメや菊花などをブレンドした八宝茶というもので、茶芸師が調合。お茶には氷砂糖が入っていて、注いでもらう度に砂糖が溶け、どんどん味が変わっていくお茶を楽しむことができる。
お茶のサービスのほか、1年に1回、2人の茶芸師によるパフォーマンスを最初に見て、その後にシンガポール本店の料理長と井上料理長が作る特別コース料理とワインを堪能するイベントが開催されてきた。新型コロナウイルス禍では中断していたが、今年11月には1万5000円程度で再開する予定だという。楽しみにしたい。

場所柄、新型コロナウイルス禍の前までは、平日はビジネス接待などの会食、週末は家族連れの会食、そして年中観光客でにぎわっていた「四川豆花飯荘 東京店」。そうしたニーズに合わせた個室もそろっている。4~8人用の個室が5部屋あり、そのうち3部屋は1つにつなげて18人用の個室となる。いずれも中国風の装飾もほどこされた落ち着いた空間だ。茶芸師のパフォーマンスも、個室内の会食メンバーだけで楽しむことができるのは、なによりものぜいたくだろう。
(中野栄子)