肉を最上の状態で出すために「特訓」
さて、ステーキ用の肉はメインが松阪牛で、ほかにも全国の銘柄牛を使っているという。店のスタッフがすべて味見をして決めるなど上質な素材を吟味しているが、ほかの店にはないような特別な肉を常に仕入れているわけでもない。料理長の富永剛さんは「ほかの店と同じように入ってきた肉を、お客さまにお出しするときに最もおいしく提供する、そこをハマは極めようとしています。例えばヒレの150グラムがあったとして、同じ肉でも他店とは違う最上の状態で出せるように特訓しています」と解説する。

全席カウンターで目の前で調理する方式だけに、作り手からすればごまかしがきかない緊張感があるようだ。最初のうちは客と目が合わせられないし、会話もおぼつかないと聞いた。練習に練習を重ねてデビューする。そして熟練したシェフになると老若男女様々な客に対し、味付け、切り方などを臨機応変に変えながらどんなオーダーにも対応できる。客の前で焼ける約10人のシェフはそれぞれ「指名客」を持っており、さながらコンサートホールを支配するマエストロのようだ。「お客さまから直接『おいしかった』と言われるのはやはりうれしいですね」(富永さん)。
華やかな鉄板カウンターに目を奪われがちだが、この店の強みは一流ホテルのような客の情報共有の徹底ぶりにある。一度来店すれば、そのときの注文内容や客の好みを子細に記録する。「例えばお客さまがステーキにつけるためのわさびを頼んだとしますね。そうすると次回からは当たり前のようにわさびが出てきます。それも、何人かで来店されてもその方だけに。ビールは手酌でしたとか、そんなことまで店のスタッフ全員で把握します」(大河原さん)

何回も通ううちに、客の好みの把握はより正確になっていく。「すし屋とかで『おやじ、いつもの』とやるじゃないですか。我々もカウンター商売ですので同じです。『お食事はいつものでいいですね』という感じで。そうすると、連れてきたお客さんから『すごいですね』と言われますよね。このあたりが、行きつけの店を持つことの醍醐味ではないでしょうか」(大河原さん)。結局、店と客の関係も人と人との関係がベースということだろう。
1人当たりの単価は、昼で約5000円、夜はアルコールなどの飲み物込みで約2万5000円。プラス、サービス料がかかる。1964年と2021年の2回の東京五輪を同じ場所で見守ったステーキハウスもそうはない。そんな老舗で、鉄板焼きのマエストロに身をゆだねてみてはいかがだろうか。
(グルメクラブ編集長 桜井陽)