「立て板に水」神話からの卒業

きれいな語り口を「立て板に水」というが、こういったサラサラと流れるようなトークはウィズマスク状況には不向きだろう。むしろ、よどんだり濁ったりした口調のほうが印象を強めやすい。問いと答えの単調な繰り返しは対話全体を弾ませにくい。問いに答えるのではなく、「何だかだんだん問題点が分かってきましたね」といったフレーズを差し込んで、ペースをずらすような話術も役に立つ。

「立て板に水」神話は声出しの面でも邪魔になる。きれいな文章の形でしゃべろうと意識するから、構文のほうに注意が向かって、語り口やトーンのほうがおろそかになりがちだ。繰り返していうが、サラサラと流れるような口調はかえって相手の気持ちを動かしにくい。むしろ、適度な破調のほうが響くものだ。

だから、戦略的なトーク破綻が効果的だ。さわやかに過不足なく受け答えするよりも、ところどころに「どんなもんなんですかねぇ」とか、「うーん、ちょっと待ってくださいね」といった、実質的には大して意味はないものの、会話の主導権をこちら側に引き寄せるようなフレーズを差し込むことによって、対話に適度なよどみやムードチェンジを盛り込める。こういう短文であれば、思い切って声を張っていきやすい。

声を張るうえでは、文章を短く区切ることを心がけたい。長い文章を一息でしゃべろうとすると、声量が抑えられてしまいやすい。細切れで構わないなら、たっぷりと息を吐き出せる。ワード数を減らして、インパクトの強い言葉を選べば、とうとうと語るよりも、しっかりと意図が伝わる。声も乗る。「立て板に水」神話からの卒業はいいことずくめだ。

単に大声を出すのでは十分ではない。聞き取りやすさは音量だけで決まるものではないからだ。ボリュームを上げるのと合わせて、長短も工夫したい。たとえば、「承知しました」と返事する場合、第1音の「し」を強く発するだけでは不十分だ。サ行の音はただでさえ耳に入りづらいところがある。だから、第1音を聞き逃しても、続く部分で理解を後追い的に補える発語が望ましい。

具体的には「音を長引かせる」というテクニックが有効だ。「しょうち」と普通によむのではなく、「しょぉおち」といった具合に、「し」の後を長引かせ、聞き取りに役立てるのだ。いささかくどい感じの響きになるが、それは伝わりやすいということの裏返しでもあろう。嫌みが出ない程度に響きを濃くしていこう。聞き取りにくい「し」の前に別の音を置く手も使える。「わかりました、承知です」と言えば、割と聞き取りやすい「わ」から始まるので、聞き取る側は助かる。

サ行は聞き取りにくいが、濁音は耳にスッと入ってくる。強いイメージを伴うのも濁音のよさ。「機動戦士ガンダム」や「新世紀エヴァンゲリオン」など、ロボットアニメの多くに濁音のタイトルが多いのは、意味があってのことだ。

相手の耳を聞き取りモードに切り替えるスイッチにも使いやすい。たとえば、いきなり提案を述べるのではなく、最初に「どうでしょう」という、提案を予言する前置きフレーズを言って、後続の提案に耳を誘導するというテクニックがある。「どうでしょう、我が社からの提案は~という感じです」といった具合に、インパクトの強い濁音を導入のフックに使う手法だ。「では、こうしませんか」と切り出して、ベターな提案の登場を予感させる小技も使える。

大事になってくるのは、判断や意向を落とし込んだ口調だ。従来よりもメッセージの部分に強さを持たせる必要がある。たとえば、相手の提案を受けて「そうしますと、そちら様のご要望というのは~」と意味の乏しいつなぎトーク的なしゃべりを始めるよりも、「どぉおでしょうぅかねぇえ。難しいぃぃとぉころがあぁりますよねぇえ」と、こちらの判断や意向をを前に出すほうがニュアンスが伝わりやすいだろう。濁音の「ど」を生かして、ややすごみをきかせる「濃いめ」の響きを意識すれば、さらに後ろ向きの気持ちを表現しやすくなりそうだ。

声を張るだけでは十分ではない。しゃべり始めのパートに大事な要素を置く配置も重要だ。判断や意向を写し込んだ言葉選びにも配慮が欠かせない。印象的に伝わる端的な表現やチャーミングな物言いを選びたい。もちろん、無作法に聞こえにくい気配りは必須だ。こういろいろと挙げていくと、ウィズマスク下のトーク術は、単なる「聞き取りやすさ」を超えて、メッセージの効果的な伝え方の本質を問い直すことだと思えてくる。

もろもろの規制が解かれたのを受けて、出社が増えたり、対面トークの機会が多くなったりしそうだ。しかし、言葉数を抑えるマナーが続くなら、少ないワード数できっちり思いを伝える話術が求められる状況も続く。マスク着用を前提に、自分のしゃべり方が十分に「伝わる力」を添えているかどうかを検算するチャンスを、ウィズマスク状況はもたらしてくれたのかもしれない。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

成果につながる「伝え方」「見せ方」を磨く講座/日経ビジネススクール

ビジネスの相手を説得できる会話力・プレゼン力・文章力などが身につく日経のおすすめ講座

>> 講座一覧はこちら

ビジネス書などの書評を紹介
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら