第1音をしっかり聞き取ってもらう

マスクに負けない声出しの具体的なテクニックを考えていこう。まず意識したいのは、声の抑揚だ。自然体話法ではあまり抑揚を意識しなかったかもしれない。だが、強弱をつけない話し方の場合、聞き手の負担が大きい。どこに話者の力点があり、どこに意図が込められているのかを、聞き手が自ら判断する必要があるからだ。

マスクを着けていない状態であれば、いくつかの手がかりがある。たとえば、表情だ。口周辺の動きや、ほおの張り具合など、話者の気持ちを感じ取るヒントがいくつも用意されている。だが、マスクの出現はこうした手がかりを奪った。表情にはたくさんの情報が秘められているのだが、マスクは鼻から下のヒントを覆い隠してしまう。

目のあたりはマスクに覆われないので、引き続き手がかりになるが、以前よりも距離を保って対話するマナーが定着したせいで、なかなか表情を読み取りにくくなった。要するに、声の重要性が相対的に高まったわけだ。情報源として声に依存する割合が高まったのであれば、やはり声そのものの品質を上げていくのが望ましいだろう。

抑揚が難しいのは、後付けがきかないところだ。あらかじめ話す内容の重要度を決めたうえで、力点を際立たせるよう、声に反映させる必要がある。だから、話し始めるまえに、重要度の優先順位を決めておかないと、声との同調が難しい。行き当たりばったりにしゃべる自然体トークではなく、前もって計算された組み立てが欠かせない。戦略的なしゃべり方ともいえるだろう。

抑揚をつけるにあたって肝心なのは、相手の耳にとっての聞き取りやすさだ。逆にいえば、相手が聞き取りにくそうな箇所を優先して、トーンを強める必要がある。その意味で最も大切なのは、しゃべり始めの第1音になる。どこから発語が始まるのかを、聞き手は予測しにくいから、しゃべり始めの第1音は聞き逃しやすい。

第1音を聞き逃すと、心理的な動揺が生まれ、続く部分をあわてて聞き取ろうとするが、うまくいかなくなるケースが多い。つまり、第1音をうまく聞き取ってもらうことは、続く部分の理解にもつながる。「えっ、ちょっと最初の部分は何とおっしゃいましたか」と聞き返されて、会話がぎくしゃくするようなトラブルを避ける意味でも、第1音をしっかり聞き取ってもらう価値は大きい。

だから、第1音は強く声を出していきたい。抑揚をつけたしゃべり方に慣れていない人は、概して声のボリューム自体が控えめだ。大声を出すのは、品格を損ねるという意識を持つ人は少なくない。確かにその通りで、声を張り上げるのは、下品に映りやすい。でも、今はマスクという邪魔者にコミュニケーションを阻まれている状況だ。ボリュームを上げていかないと、そもそも聞き取りにくい。小声派の人も気持ちを切り替えて、声を張ってほしい。

次のページ
「立て板に水」神話からの卒業
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら