起業後2年間は売り上げゼロ
起業のヒントは東大の駒場キャンパスで思いついた。研究棟のエレベーター内には多くの英語の張り紙が貼られていた。「通常の研究室や廊下に張り紙があっても目に入らない。しかし密閉されたエレベーターの中では、わずか数十秒間の滞在なのに、つい読んでしまうことに気付いた」という。
「このネタでいこう。エレベーターでメディア事業を展開しよう」と決めた羅さんは、東大の航空宇宙工学科と建築学科をそれぞれ卒業して大学院に在学中の同級生2人を起業に誘った。「1人はエンジニア、もう1人はデザイナーとしてすごい能力があった」からだ。
以前の東大生ならばいとも簡単に断るだろうが、今の学生はそこが違う。人工知能(AI)技術の第一人者で、東大生の起業を支援する松尾豊教授は「優秀な学生ほど起業に前向き。全国の大学で東大の学生ベンチャーは断トツに多い」と話す。

無論、起業しても成長軌道に乗せるのは容易ではない。実際、何度もつぶれそうになった。起業して3年間は売り上げがゼロで、投資家のおカネを食い潰した。広告収入を取らなかったからだ。羅さんは「米フェイスブックなどの巨大ネット企業が当初は広告事業に後ろ向きで、うちも格好悪いと思っていたが間違っていた。広告をもらって優良コンテンツサービスを提供した方がよかった」と振り返る。
中国語も堪能な羅さんは今、続々と勃興する中国企業の革新的なビジネスモデルを研究中だ。中国ではBAT(百度=バイドゥ、アリババ集団、騰訊控股=テンセント)とくくられる巨大IT企業が次々とベンチャー企業に投資しており、中でもエレベーター広告事業に乗り出したフォーカスメディアという企業が急成長している。羅さんは「フォーカスメディアなどからどんどん学びたい」と明かす。
ソニーやホンダといった日本企業は、オリジナル性を重視する傾向がある。しかし羅さんは「いいところは徹底的にマネをして、マネできないところはオリジナルで対応する。昔の遣唐使のように中国からモノやサービスを輸入してマネしたい」と公言してはばからない。日本の企業も当初は欧米の企業のマネからスタートしたところが少なくなく、これからは「遣唐使モデル」として確立して事業を拡大したいという。
起業家として目標は明確だ。「土星探査につながる1500億円を投資できるほどの起業家になる」。探査プロジェクトを研究者ではなく起業家として支援するために、遣唐使モデルは土星探査の呼び水となるのか。東大発起業家の旅は始まったばかりだ。
(代慶達也)