政府が今の通常国会で「経済安全保障推進法案」の成立を目指しています。米国と中国の対立を受け、軍事転用可能な技術の流出を防ぎ、サプライチェーン(供給網)の見直しを促すことなどが狙いです。国家と企業の関係が新たな段階に入り、企業も早急な対応を迫られています。
経済安保は経済的手段を通じて自国の独立や繁栄を確保し、経済活動の維持に不可欠な基盤を整備することに主眼を置きます。法案は①サプライチェーンの強化②基幹インフラの整備③先端技術の流出防止④特許の公開制限――の4つの柱で構成されています。
経済安保が急速に関心を集めるようになった背景には米中対立の激化があります。経済同友会は昨年4月の提言で「グローバル化と自由主義経済を謳歌(おうか)する時代は終わりを迎えた」と経営者に状況認識の再設定を迫りました。
提言をまとめた小柴満信副代表幹事(JSR名誉会長)は「サプライチェーンの見直しは産業界の喫緊の課題」と強調。体制面では取締役会レベルで自社のリスク管理を議論することが重要だと言います。
経済安保ではかつて「対共産圏輸出統制委員会(COCOM)規制」が社会主義国への技術流出を防ぎました。現在の輸出管理がより難しくなっているのは「ロボットやバイオなど軍事にも民生品にも使える軍民両用技術が増え、知らぬ間に軍事利用される危険が高まっているため」と、東大の鈴木一人教授(安全保障論)は解説します。
安保に抵触するかどうかの線引きを明確にするため、企業側も動き始めています。リコーが一昨年7月に「情報安全保障管理室」を設置。デンソーや三菱電機、パナソニックなども同様の組織を立ち上げ、各国の貿易投資ルールの調査などに乗り出しています。
昨年1月に「経済安全保障室」を設けたデンソーでは、専任・兼任合わせ24人体制で各国の貿易投資ルールに抵触しないコンプライアンス体制づくりや情報収集に取り組んでいます。
「貿易投資ルールは当局の裁量範囲が広く、法令の解釈だけでなく、当局の政策意図や政治的背景を踏まえた微妙な判断が求められる。時には外部の意見も聞いて判断している」と同社。最近ではサプライチェーンに潜む人権問題にも注意しているそうです。

ただ経済安保は米国につくか、中国を取るかという問題ではありません。対立の中でも米国は中国への輸出を伸ばしています。
「グローバル化が進み、米中経済の完全なデカップリング(切り離し)はあり得ない。二項対立的な図式で経済安保を考えるべきではない」と経営コンサル会社ボードアドバイザーズ(東京・千代田)のセブラニ・クレビス氏は指摘します。経済安保のリスクとチャンスを冷静に値踏みするしたたかさも企業には求められます。