意識の仕方を変えるだけで、走る練習のバリエーションは増える

――勝って当たり前のような状況になって、トップを維持し続けるプレッシャーはありましたか。

世界から見ると私はまだまだ挑戦者だったので、プレッシャーを感じたり、モチベーションが下がったりしたことは、あまりなかったと思いますね。

――モチベーションという言葉が出てきましたが、妥協せずに日々の練習を積み重ねるために意識したことは?

日々のトレーニングは地味ですが、自分のやり遂げたかった目標が決して簡単ではなく、さぼって突破できるものだと思っていないことが大前提にあるので、「積み重ねが一番大事」という意識が働きます。だから妥協せずに集中して練習できたと。やる意味を考えるというより、やらない意味がないという感じでしょうか。

周囲から見るとただ走っているだけでも、「今日は足の回転のピッチを速くしてみたけど、どうだろう」「ストライドを広げてみたらどうかな」など、意識の仕方を試す方法が本当にたくさんあるんです。

何を意識するかはコーチと決めることもあれば、自分で決めることもあります。自分の感覚だけではなく、コーチから客観的な意見が欲しいときもあるので、タイムを基準にしながら、自分の感覚と周囲から見たフォームのすり合わせを大事にしていました。自分の感覚とタイム、周囲が感じたことが必ずしも一致するわけではないですが、私だけでなく短距離のトップアスリートは、「フォームをこう変えると、どんなタイムが出るんだろう」「こんなふうに走ったら、どんな感覚になるかな」という、自分の体を使った実験を楽しんでいると思うんですよね。ウエートトレーニングで筋肉をつけて新たなフォームを身に付けても、結果には結びつかないかもしれません。でもその失敗を含めた成長をどんどん遂げなければ、自己ベストの壁は突破できない。新しい感覚と出合うためには、たくさん試さなければいけないし、大きな冒険をしなくてはいけないから本当に難しいのですが、そこが短距離トレーニングの楽しい部分だとも思います。

――客観視や分析をするために、感覚などを記録していたのですか。

記録と言えるほどではないですが、気がついたときに手帳によかった点を書く程度でした。何かに迷ったときは見返しても、参考程度でしたね。記録した通りにやっても同じようには走れないし、それが答えでもないと思っています。

――トレーニングで自分の感覚を意識して大切にし始めたのは、いつごろからですか。

2010年ごろでしょうか。やはり最初の方は、中村監督から出してもらったメニューを一生懸命こなすという感じでした。北京五輪で背が高くてすさまじい筋肉の外国人選手と競う世界のレースを経験して得た肌感覚からいろいろ試してみたいという気持ちが芽生えて、やってみたいことを中村監督に伝えていました。自立心というと聞こえはいいですが、監督を相当困らせてしまったと思っています(笑)。

(次回に続く)

(ライター 高島三幸、写真 厚地健太郎、ヘアメーク 高柳尚子)

福島千里さん
1988年北海道生まれ。北京・ロンドン・リオデジャネイロ五輪日本代表。女子100m(11秒21)、200m(22秒88)の日本記録保持者。日本選手権の100mで2010年から2016年で7連覇を成し遂げ、2011年の世界陸上では日本女子史上初となる準決勝進出を果たした。2022年1月に現役生活を引退。引退後は、セイコースマイルアンバサダー(スポーツ担当)として次世代育成に貢献している。

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