「バール・イタリアーノ・ダ・パオロ」の生ハムのパニーノ

看板メニューは3つある。1つめは、長野県の北八ヶ岳にある農場「ボヌムテッレ」などの有機野菜を使ったサラダだ。玉ネギやハチミツやマスタードを入れるなどして、昼と夜でドレッシングの中身を変えている。2つめは、「ピッツェリア・ジターリア・ダ・フィリッポ」(東京・練馬)が窯焼きする生地を使ったパニーノとピッツァである。この生地には、世界大会で受賞歴があるピッツァ職人の技が生かされている。3つめは、早川健一さんの妻で、木工職人の早川紀子さんが彫った木型による、メダル型手打ちパスタ「クロゼッティ」である。

紀子さんも料理学校出身で、イタリアの北西部リグーリア州にしかないメダル型パスタの木型の美しい模様に魅せられ、木型職人に弟子入りして学んだ。同州では結婚式のとき、両家の紋章を彫りこんで木型をつくったという歴史のあるパスタだが、いまでは伝統的な木型をつくれる職人は数人しかおらず、そのひとりが紀子さんである。同州には山側でつくる「クロゼッティ」と、海側でつくる別の名前のメダル型パスタがあり、店で出すクロゼッティには山でとれる食材のソースしか合わせないところまで健一さんはこだわっている。

「バール・イタリアーノ・ダ・パオロ」で早川紀子さん製作の木型を押してつくる手打ちパスタ「クロゼッティ」

「イタリアのバールの心地よさを再現したかったんです」と早川健一さんは言う。「住宅街と飲食街が隣接している練馬という街は、お互いの顔が見えやすい。だから、バールが、街の人びとが顔を出すだけでもよい、日常にある空間であってほしいのです。コロナ禍中にはじめたテークアウトも、お客様の要望にできるだけ応えるようにしています」。紀子さんも、「いまはコロナ禍がありますが、テーブルが空いているのに、(店員や住民とおしゃべりしたくて、)カウンターにびっしり人が並んでいるという光景も珍しくないんですよ」とつけ加える。そう、バールは、人と人とが交差し、交流するクロスポイントなのだ。

イタリアでは、EU(欧州連合)統合による通貨統合のあおりを受け、都会の料理店の価格がのきなみ上がって若者や若い観光客の行き場がなくなり、バールが料理を出しはじめたといういきさつがある。「アペリティーボ(『食前酒』の意味)」という時間帯を設けて、16時~19時くらいの時間帯に行くと、アルコール類を1ドリンク頼めば、カウンターに並んだ軽食が食べ放題というシステムができたのだった。日本でも料理人が営む一部のバールが料理を出し、テークアウトも受け、一方でバリスタが経営するコーヒー専門店としてのバールも愛されている。コロナ禍をきっかけに、バールのあり方も変わっていく。

中村 浩子
イタリア食文化文筆・翻訳家。東京外国語大学イタリア語学科卒。イタリアの新聞社『ラ・レプブリカ』極東支局長助手をへて、文筆・翻訳へ。著書に『イタリア薬膳ごはん』(共著)『「イタリア郷土料理」美味紀行』、訳書に『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(共訳)『スローフード・バイブル』。

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