幸福軒の「ダブル幸福ラーメン」はおすすめだ

あまり目立たない路地裏(蓮池通り)になぜ出店を決めたかを尋ねてみたら、小黒武店主は、このように答えてくれた。「この路地裏には、何とも言えないレトロな雰囲気があるんですよね。そういう昭和感のある柔らかな雰囲気に、一瞬で心をつかまれてしまって。要は、ひと目ぼれですね」

屋号に込めた店主の願い

同氏は、40歳になるまで都内で宮仕えをしていたが、ラーメン好きが高じて脱サラ。「ラーメン職人になったキッカケは、サラリーマン時代に食べた東池袋大勝軒の1杯ですね。あの1杯を食べると、とても幸福な気持ちになれたのです。で、私も、お客さんに幸福感を与えられるようなラーメンを作りたいと志しました」。屋号の『幸福軒』は、そんな店主の願いを表現したものでもある。

おすすめは、屋号の一部である『幸福』をメニューに冠した「ダブル幸福ラーメン」。スープは鮮度の高い豚骨と鶏ガラを、10時間以上かけてじっくりと丁寧に炊き上げた。油をできる限り使用せず、麺には保存料を添加しないなど、食べ手の健康にも徹底的に配慮している。ひと口目から、素材の等身大のうま味がナチュラルに息づいていることを、しっかりと肌身で感じ取ることができた。

「毎日食べても飽きない味を目指したい」というのが、ラーメン職人としての小黒店主の羅針盤。そんな店主のイズムが、ラーメンの味わいに明確に投影されている。

幸福軒の店内に鎮座する券売機

農場にこだわったうま味が豊潤な味玉、口内でとろけるジューシーで甘辛いラフティなどトッピングも厳選に厳選を重ねる。麺の硬さも、本場で提供される「博多豚骨ラーメン」と同じく、茹(ゆ)で加減を細やかに指定できるシステムを採用。スープ、麺、トッピング。すべてのパーツに対し、真摯に向き合う店主の姿勢に、好感を抱かない人はいないはずだ。

「1日の中で最も多くのお客さんが来店する午後0時30分に、スープのコンディションがベストとなるように調整しています」(小黒店主)。食べ手に対する、この気配りの行き届きよう。「職人の鑑(かがみ)」が丹精込めて紡ぎ出す名品。これはもう、食べるしかないだろう。

(ラーメン官僚 田中一明)

田中一明
1972年11月生まれ。高校在学中に初めてラーメン専門店を訪れ、ラーメンに魅せられる。大学在学中の1995年から、本格的な食べ歩きを開始。現在までに食べたラーメンの杯数は1万4000を超える。全国各地のラーメン事情に精通。ライフワークは隠れた名店の発掘。中央官庁に勤務している。