日経xwoman

2022/9/30

つらいからこそ、自分自身を見いだせた

―― 「わたしはわたし自身を生きる」。文子は一貫していますよね。

ブレイディ 私もこうありたい、と指針のようにしています。私も、もしも尊敬できる大人たちに囲まれて環境に恵まれていたら、何の疑いもなく、その人たちの言葉とか社会のあり方をそのまま受け入れていたと思うんです。何も不自由がない環境で恩恵を受けながら、今ある状況やシステムを疑うことや怒ることはとても難しいですから。でも、幸か不幸か、私はそうではありませんでした。文子の、つらいからこそ私は自分自身を見いだせた、という目線の力強さ。すごく厳しい生い立ちだけど、この生い立ちでないとこの人は生まれなかった。

―― 文子の視野の広さは、どこからくるんでしょう?

ブレイディ 人生の始まりから、出生届を両親に出してもらえず戸籍を与えてもらえませんでした。国からも家族からも「いるのに存在しない人」として扱われてきました。学校に行っても出欠で名前を呼ばれないといった体験を積み重ねると、自分を取り巻く世界を第三者的に外から見つめるようになると思うんです。日本の社会システムに組み込まれてないからこそ、システムの中にいる人々には見えないものが見える。それが、彼女自身の思想を生み出した。

―― 体験から自身の思想を作り上げていきますよね。

ブレイディ そう。大人になって書物で社会主義思想に出合ったときの彼女は、興味深いです。「私はもう、これ知ってたよ」という感想。例えばそれは、子どものときに東京から、田舎の小さな農村に移って生活した経験があったから。田舎の人たちは、都会から来た行商のものを高額で買っていた。田舎の人たちは朝から晩まで働いて、都会では作れない農作物を作っているのにそれも買いたたかれている。

田舎が田舎だけで存在していれば、みんな同じ暮らし向きをしているから貧困に気づきません。でも文子は、都会の生活を経て田舎の人たちに触れたから、田舎は都会から搾取されているという「階級の構図」が見えました。本の知識より先に、原体験があったわけです。机上では学んでいなくても、「マルクスなんて、子どもの頃から知ってたけど?」と言わんばかりなのが、文子らしい「ふてえ」ところです。

私たちも、先に経験がありその実感を持って、あとから学問に出合うことはありますよね。高卒の私の場合、哲学者の先生に「最近こう思うんだよね~」とか言ってたら、「それはすでに、ヘーゲルが言ってます」と返されて。私のオリジナルではないのね、とそこで初めて知るという(笑)。

英国で労働者として生きながら、学び続けた

―― そういう実感の伴う知性は、文子とブレイディさんの書き手としての共通点だと思います。ブレイディさんは著書の中で「地べた」という言葉をよく使います。頭や机上ではなく、実際に人とぶつかることで本当の深い理解が生まれる。文子の、書物や師に学ばずとも、肉体で自分の思想を体得していったところと通じる点があります。

ブレイディ 私は英国で働いて、生活するというごく普通のことをしてきました。英国でアジア人の労働者として生きながら、その実感から学びを続けてきました。大学の先生に学んだんじゃない。だから、机で考えている人とは違うものを書いていきたいという気持ちは、ありますね。

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ブレイディみかこ 貧乏ってかっこいい!に変わった瞬間」へと続く

(取材・文/平山ゆりの 構成/市川礼子=日経xwoman ARIA)

ブレイディみかこ
1965年、福岡市生まれ。高校を卒業後にロンドンやダブリンなど渡英を繰り返し、96年から英国・ブライトン在住。ロンドンの日系企業で勤務後、英国で保育士資格を取得、保育所で働きながらライター活動を開始。2017年に『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)で新潮ドキュメント賞受賞。Yahoo!ニュース|本屋大賞2019ノンフィクション本大賞、毎日出版文化賞・特別賞などを受賞しベストセラーとなった『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)他、著書多数。