
江戸時代、埼玉県・杉戸は多くの旅籠(はたご)がひしめく宿場町として知られていた。「うなぎ割烹 四代目高橋屋」(以下、「高橋屋」)は、初代が旅人のために家の近くで捕れるウナギをふるまい、「うなぎの天ぷら」を考案して評判となったのが始まり。
二代目が「高橋屋」を名乗って店を拡大し、三代目が室町三井家によって設立された名割烹「松の茶屋」で修業して現在の料理のベースを確立した。
そして四代目が看板料理であるウナギのかば焼きにさらに改良を加え、歌舞伎界にもファンを拡大。先代からの念願だった銀座進出を果たし、2021年8月「銀座 四代目 高橋屋」をオープンした。
場所は「歌舞伎座タワー」から徒歩1分ほどのビルの4階。建築家・黒川紀章氏の愛弟子である松井大輔氏の設計による店内は、一歩足を踏み入れた瞬間から黒川イズムを感じさせる、スタイリッシュでとぎ澄まされた空間だ。
決して広いとはいえない店内だが、2面に大きく切り取られた窓から銀座の三原橋交差点方面が一望でき、ゆったりとした雰囲気。座ると動きたくなくなるほど座り心地のいい座面の大きな革張りのイス、カッシーナ製の優美なペンダントライト、なめらかで美しいカエデ材のテーブルとカウンターがしつらえられている。
飾り棚には、北大路魯山人の作品が2点。食器や什器(じゅうき)はすべてがオリジナル品か作家物……と、まるで小さな美術館のような空間だ。
総料理長で「高橋屋」四代目の高橋明宏さんは築地の割烹「海恵(けいけい)」(現在は閉店)で修業した後、父から直接「松の茶屋」の料理の奥義を受け継いだ。幼い頃から両親に銀座によく食事に連れてきてもらい、銀座への憧れを育んでいたそうで、「この店は、『高橋屋』のプライドを磨く店にしたい。ですから本店以上に食器にもしつらえにもお金をかけて、こだわり抜きました」と意気込みを熱く語る。
料理長の田中翔児さんは高校時代から料理人を志して地元の「高橋屋」に入り、「銀座 小十」では日本を代表する気鋭の料理人・奥田透氏から直々に薫陶(くんとう)を受け、パリ支店「France Paris 奥田」でさらに腕を磨いた注目の若手料理人。伝統と革新を象徴する2人の料理のマリアージュも、「銀座 四代目 高橋屋」の楽しみだ。
「高橋屋」は歌舞伎界に熱烈なファンが多いことでも有名。埼玉県・杉戸の本店から歌舞伎座に届ける「うな重」は年間数百食分にものぼる。明治座でも歌舞伎の公演がある時は、歌舞伎座、杉戸の本店、明治座と2往復することもあるという。二代目・市川猿翁(えんおう)は、高橋さんを自宅に呼んで料理を作らせたこともあるほど。
「銀座 四代目 高橋屋」で提供するコース料理は9品が付く「銀座 懐石」(1万9800円)、8品が付く「四代目 懐石」(1万4800円)、7品が付く「PARIS 懐石」(9800円)の3コース。その中から今回は「PARIS 懐石」を紹介しよう。
「ウナギの前のお料理はすべてウナギを最高に美味しく味わっていただくための『助走』と考え、一つひとつが主張しすぎないよう心がけています」と田中さん。

1品目は、前菜の「豆乳の湯葉仕立て 生ウニ乗せ」。濃い豆乳にだしをきかせ、生ウニを乗せた一見シンプルな料理だ。
スプーンを入れると、ウニの下から翡翠(ひすい)のように鮮やかな緑色の茶豆があらわれる。白、だいだい色、緑と色の自然の持つ鮮やかな色味が、器の渋く幽玄な色味とあいまって、ためいきが出るような美しさ。そして、ほとんど塩味を感じさせない豆乳の自然でほのかな甘みが、ウニの野性的な磯の香りとうま味、茶豆の甘みを最高に引き立てていることにも驚く。