羽生結弦流の「グッドルーザー」 

フィギュアスケート男子の羽生はメダルは逃したものの、心に響く言葉を残してくれた。「報われない努力だったかもしれないですけど」「努力って報われないなって思いました」「人生って報われることが全てじゃない。ただ、報われなかった今は今で幸せだな」と、「報われない努力」を繰り返した。

努力が報われなかったことを恨むような口ぶりではない。むしろ、諦観のような気持ちが感じ取れる語り口だった。「全部出し切った」「一生懸命、頑張りました」などの言葉も「やりきった感」を帯びていた。

3連覇を逃し、4回転アクセルを決めきれず、悔しさがないはずはないだろう。でも、そうした後ろ向きの気持ちをまとわりつかせない、突き抜けた感じの物言いにプロフェッショナリズムを感じた。世界が認めるトップスケーターとして、未踏のジャンプに挑んだ結果を、まっすぐに受け入れる態度が言葉にも表れていた。

負けや失敗を認めるのは、誰しもおっくうなものだ。それでも受け入れなければ、前に進めない。

羽生はショートプログラムで不運にも氷の穴に足を取られたが、競技後には「氷の状態が~」と文句を言うでもなく、「そんな氷に嫌われるようなことしたかなって」とコメント。不運を恨む様子を見せなかった。

ビジネス上のミスやつまずきでも、潔く認める「グッドルーザー」であれば、挽回のチャンスが巡ってくることもある。失敗の理由を自分以外に見付けたくなる気持ちは無理もないが、状況のせいにしたり、長く引きずったりするのは、かえって傷を深くしかねない。

羽生の「報われない」という言葉の裏には、「しっかり努力した」という自意識がある。言葉がプラウドな響きを帯びているのは、彼の研鑽(けんさん)が疑いようのないレベルだからだろう。「これだけ頑張ってきたのだから」と、自分を客観視するかのようなまなざしも感じ取れる。

「魔物がすむ」ともいわれ、思い通りにいかないのがスポーツの宿命。努力と結果が正比例するとは限らないものと真剣に向き合ってきた羽生の言葉には、恨み節とは別物の達観がうかがえた。

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「やりきった感」に裏付けられた清らかさ