天然に近い環境で育ったウナギが名物 横浜・元町

2022/6/20
ウナギは愛知県西尾市(旧一色町)産を主に使用。一色産のウナギは河川水を利用して、天然ウナギに近い環境で育てられている

昭和4年(1929年)、横浜の表玄関としてにぎわっていた伊勢佐木町に開店した老舗日本料理店「濱新」。横浜の政界人や財界人、文化人などに愛されてきた名店だったが、東日本大震災での店舗の損傷が激しく、2014年6月に元町に移転。新たな店舗で、ウナギ専門店として再スタートを切った。

移転先は、元町からフェリス女学院前の山手本通りに続く汐汲坂(しおくみざか)の下で、「ポンパドウル」本社ビルの向かいにある路地を少し入ったところ。もともと古民家だったという木造2階建ての店舗は、おしゃれでマニアックな店の多いこの通りの雰囲気にしっくりと溶け込んでいる。

ウナギ専門店に業態を変える決意をしたのは、京都の懐石料理店で修業した後、「濱新」の跡を継いだ三代目店主の山菅浩一郎さん。自分の店を外から見る機会を持ったことで、そのスタイルが今の時流に少しずつ合わなくなってきていることを感じたからだという。

移転前もウナギが名物のひとつではあったが、全国ふぐ連盟の会長職を務めていた2代目の山菅武司さんが作るフグ鍋や、初代が考案したオリーブ油だけで揚げる「串天ぷら」など幅広く提供していた。

「でも今は昔と違い、特定のジャンルに関してはお客さまのほうが知識や情報を豊富に持っています。何かに特化して一番のものを出す必要があると感じたのです」(山菅さん)

そこには山菅さんの、浜っ子としてのプライドもあった。横浜は観光地というイメージが強く、東京の料理店よりも軽くみられることが多いのを常々、悔しく思っていたという。

「そのイメージをくつがえすために、わざわざ東京から足を運んで食べにきてもらえるような、最高級の料理を出せる店にしたいと思いました。それで選んだのが、ウナギだったのです」(山菅さん)

店内は、古民家風の落ち着いた空間に、ゆったり16席が配置されている。キキョウ、桐(きり)などの絵が描かれたペンダントライトは前の店舗でも使っていたもので、今はその絵がテーブル席をあらわす符丁(ふちょう)となっている。

初代が関西風の割烹で修業したので、たれは関西風と関東風の中間のすっきりした甘辛さ

カウンター席では、目の前で生きたウナギをさばくところから焼き上げるところまで、すべて見ることができる。

ウナギ蒲(かば)焼きは、サイズ別に「五本口」「六本口」の2種類から選ぶ。「五本口」とはキロ当たりに5尾入る大ぶりなウナギで、身に歯ごたえがあり、脂ののったウナギ本来の味が楽しめる。「六本口」はやや小ぶりで、身が軟らかく、あっさりしているのが特徴だ。「六本口」は取り扱いがない日もあるので、事前に確認を。