恨み買わないしゃべり方 「悪気なかった」は通用せず

言葉遣いを誤ると、他人から無用の恨みを買いかねない。不用意な物言いのせいで、反発やいらだちを引き起こすのは避けたいものだ。そもそも他人を傷つけるべきではない。チームで成果を出す時代に、言葉選びやトーク術に難のある人は評価を得にくいだろう。今や不快感を招かない言葉選びは職場で居場所を守る術(すべ)ともなりつつあるようだ。

他人を不快にする言葉は慎むべきだ。こんなことは当たり前の話で、大半の人にはわかりきっているだろう。それでもいさかいが絶えないのはなぜか。理由は「不快にさせる気持ちはなかったが、言葉の操り方を誤った」「そもそも相手が不快になるような言葉遣いとは知らなかった」のどちらかである場合が多いのではないか。両者が重なっているケースもある。

不用意な「注意」にご注意

恨みを買ってしまう理由の1つは、言われた側が「対立・対決の構図」を感じ取るからだ。誰だって敵には身構える。高圧的な物言いが加われば、さらに言い返したくなる気持ちが募る。もし、そうであるならば、「対立・対決の構図」とみせない工夫が恨みの回避に役立ちそうだ。

職場でみられる典型的な「対立・対決の構図」に、注意や指導の場面が挙げられる。こういったシーンで相手を責め立てるような口調は反発を招きがちだ。欠点をあげつらったり、ミスをとがめたりといった場合に起こりやすい。「もっと注意しろよ」「何をやっているんだ」「いい加減な仕事をするな」などの言葉は、言われた側がストレスを感じるきっかけになりかねない。

攻撃的な口調は反発を買いやすい(写真はイメージ) =PIXTA

「自分への攻撃を仕掛けている」という被害者的な気持ちは恨みにつながりやすいだろう。「やられたから、やり返す」という報復の意識が芽生えかねない。つまり、個人攻撃と受け止められそうな物言いを避けることは、恨まれるリスクを遠ざける効果が期待できる。

ミスの原因究明が大事なこともあるだろうが、それを個人に求めて、落ち度を突くような糾弾は恨みを買いやすい。あいまいな言い方の「注意しろ」では、何を心がければよいのかもわからない。言いっぱなしだ。具体的な注意点を示されず、ネガティブな言葉だけを投げつけられたと受け止めた側は不満を抱きやすい。

しかも、本来のゴールである再発防止につながりにくいという懸念が残る。本人のうっかりミス以外の原因や、なぜ途中で誰かが防げなかったといった、再発防止に役立つ気づきを見逃すおそれもある。捨てぜりふ的な「注意しろ」は事態の改善につながりにくい。

しかし、ミスを犯した本人を味方につけて、「一緒に再発防止策を練る」「ミスを補う方策をひねり出す」というチームを組めれば、最大の情報提供者を得ることができるだろう。「何か言えば、自分が不利になる」と思えば、口をつぐんでしまう。事情に最も詳しい当人を「沈黙の反発者」にしてしまうのはもったいない。

ゴールは当人をとがめたりおとしめたりすることではなく、再発を防いだり、カバー策を練ったりすることだという前提に立てれば、当人を追い込まずに済む。最後に「ありがとう、あなたのおかげで手順の改善ができそうだ」とでも言い添えれば、恨みを買う心配はないだろう。

「しかる=本人に成長機会を与えてやっている」は、しかる側の勘違いである場合が少なくない。よほど上手な場合は別かもしれないが、しかられた側は縮こまり、おびえてしまいがちだ。

安直なしかりから期待できる効果は「こんないやな思いをするのなら、今後はもっと気をつけよう」といった程度の反省であり、具体的な再発防止の方法にまでは至らないおそれがある。これではしかる意味が乏しい。むしろ、しかられた苦痛自体が恨みに転じるリスクをはらむ。つまり、「しかり損」になりかねない。

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悪気がなくても、恨みは買う