免疫による防御反応は「3段階」
ありがたいことに、私たちにはこの免疫が備わっているおかげで、新型コロナウイルスをはじめとするさまざまな病原体が体の中に侵入するのを防ぐことができ、また侵入を許した場合でも退治できる。そして、免疫による防御反応は「3段階」あるという。
「ウイルスなどの病原体は、3段階で撃退されます。第1段階は『自然バリア』と呼ばれ、皮膚や粘膜などが病原体の侵入を防ぎます。そして、万が一、侵入を許した場合は、次の第2段階である『自然免疫』で、マクロファージなどの食細胞が病原体をパクパクと食べてくれます。それでも退治できない場合、最後の第3段階『獲得免疫』で、その病原体に適した攻撃を繰り出します」(安部さん)
免疫は3段階

免疫による体を守るシステムは、このように非常に高度な仕組みで構成されている。それでは、この3つの段階のうち、どこにアルコールが影響を与えるのだろうか?
「実は、3段階いずれにも、アルコールが直接的な影響を与えます。ヒトの免疫にとって、お酒は好ましくないものなのです」(安部さん)
ショック……。誰かウソだと言ってほしい。
3段階について、それぞれの詳しいメカニズムを教えてもらおう。
「まず、第1段階の自然バリアは、体のさまざまな箇所にあり、大きく3つに分類されます。ひとつは涙、汗、唾液、尿などの『物理的障壁』です。また目には見えませんが、腸管にある柔毛(じゅうもう)、気道にある線毛(せんもう)もまた、体内へ侵入しようとする病原体を外へと押し出す運動を常にしています。風邪をひいて痰が出るのは、線毛の働きによるものです」(安部さん)
病原体の侵入を防ぐ「自然バリア」は3種類

こう聞くと自分の汗や涙まですべて愛おしくなる。ほかにはどんなバリアがあるのだろう。
「2つ目のバリアは『化学的障壁』です。胃などの粘液に含まれる酵素や酸性物質、皮脂に含まれる脂肪酸や乳酸、また体の表面に存在する抗菌ペプチドがこれに当たります」(安部さん)
そして3つ目は「微生物学的障壁」。「これは、皮膚や腸などに存在する常在菌を指します。やたら顔を洗ったり、風邪をひいて少し具合が悪かったりすると抗生物質を飲んでしまう人がいますが、こうしたことを考えると『もったいない』と思いますよね」(安部さん)
風邪をひいて処方された抗生物質を飲んだのはいいが、下痢をしてしまうことがあるが、この現象により「ありがたい常在菌が減ってしまう」のだという。
「若い世代は自然バリアがしっかりしているため、病原体に強いのです。新型コロナを例にとっても分かるように、若い世代は感染しても重症化しにくいですよね。これは自然バリアがしっかり働いているためと考えられます。ただし個人差があるので、『若いから絶対に重症化しない』とは言い切れません」(安部さん)
汗や胃酸、常在菌などによって守備が固められている自然バリア。先ほど、ウォッカのようにアルコール度数の高い酒に注意したほうがいいと説明したのは、のどの粘膜にある自然バリアを壊してしまうからなのだ。
酒を飲むと「マクロファージ」が“混乱”
病原体が第1段階の「自然バリア」を突破してきたら、次はどうなるのだろうか。
「次の第2段階である『自然免疫』が病原体をやっつけます。そこで大活躍してくれるのは、『マクロファージ』と呼ばれる病原体をパクパクと食べてくれる食細胞です。マクロファージは自分の中に病原体を取り込んで死滅させるだけではなく、サイトカインという物質をまき散らします。サイトカインにより、血管内から好中球(白血球の一種)をはじめとする援軍が呼び込まれます」(安部さん)
そして、こうした自然免疫の働きにより、熱や腫れなどを伴う「炎症」が起きる。
「炎症が起きると、結果として病原体が弱ります。分かりやすく言うと、風邪をひくとのどが腫れたり、鼻水が出たりしますよね。あれはまさに、のどや鼻で炎症が起き、自然免疫の力によって病原体を退治しようとしているのです。ですから、既往症のある方や高齢者はさておき、若い方は自然免疫がせっかく働いているのですから、少しのどが痛いくらいで薬を飲んでしまうのは、もったいないと私は思いますね」(安部さん)
そして安部さんによると、アルコールはこの食細胞であるマクロファージにダメージを与えてしまうという。
「アルコールがマクロファージに直接働いて混乱させ、機能を低下させたり、働きを抑制させたりすると考えられています。特にだらだらと長い時間飲むほど、その作用は大きくなる傾向が強いと言われています」(安部さん)
では「最後の砦」ともいえる第3段階の免疫システムはどうなのだろう?
「自然免疫でも病原体が撃退できなかった場合に働くのが、免疫システムの最終兵器ともいえる『獲得免疫(適応免疫)』です。これはマクロファージのように常に体の中をパトロールしているものではありません。そのため、病原体の感染から数時間で自然免疫が活性化するのに対し、獲得免疫が活性化するのには数日間のタイムラグがあります」(安部さん)
最終兵器というだけあって、そのシステムは実に巧妙かつ強力だ。
「まず、自然免疫として働く樹状細胞が病原体の情報をつかみ、それをリンパ球の一種であるT細胞へと渡します。樹状細胞はいわば“スパイ”のようなものです。病原体の情報を受けとったT細胞はその病原体に適した攻撃をするよう、さまざまな細胞に働きかけます。その中でもB細胞は優秀で、病原体を攻撃する『抗体』を作り出します」(安部さん)
自然免疫との大きな違いは、獲得免疫には「免疫記憶」があることだ。「免疫記憶とは、簡単に言うと、一度かかった感染症にかかりにくくなる、またはかかっても軽症で済むというものです」(安部さん)
樹状細胞はスパイで、T細胞は司令官で、B細胞が攻撃するミサイルを作り出す。目に見えないところで、私たちの体を守ってくれている高度なシステムがあるのだ。これだけ複雑で高度なのだから、「アルコールくらいへっちゃらなのでは?」と思いきや、そうもいかないらしい。
「自然免疫の段階で、マクロファージなどの働きがアルコールによって抑制されてしまうと、スパイ役の樹状細胞の働きが鈍ると言われています。またT細胞やB細胞をはじめとするリンパ球に対し、アルコールが何らかの影響を及ぼすという動物実験のデータもあります」(安部さん)
なるほど、T細胞やB細胞などが働く高度なメカニズムの免疫も、アルコールの影響を逃れられないのだ。