
サステナブル(持続可能)な旅行への関心が高まっている。新型コロナウイルス禍による旅行制限をきっかけに、観光客が受け入れ地域の環境保全の重要性にも目を向け始めているからだ。そうしたなか、従来サステナブルな観光を実践してきたカナダが注目されている。大自然との共生や同国の特徴である多様性を実感する「地域と観光客がともに満足できる観光」を通じて、従来にない体験ができる。「リジェネラティブ・ツーリズム(再生型観光)」を進めるカナダの旅をお届けする。
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「世界一グリーンな都市」を目指すカナダ・バンクーバー。トロント、モントリオールに次ぐ大きな都市で、ホテル、レストラン、公園など街のいたるところで環境に配慮した取り組みが盛んに行われている。NIKKEI STYLE トラベルの調査ではバンクーバーを訪れたことによって、環境意識が高まった人が7割に達することがわかった。環境配慮の取り組みが実際に観光客にも浸透しているのはなぜか。訪れる人を「サステナブルな人」に変えるバンクーバーの取り組みを紹介する。
フェアモント・ウォーターフロント■体験と知識で意識高める
バンクーバーは世界の都市のなかでサステナビリティー(持続可能性)認証を受けたホテルの割合が最も多い(英Uswitch調べ)。その代表的なホテルが「フェアモント・ウォーターフロント」だ。近代的なビルが並ぶウォーターフロントにある高級ホテルだが、屋上に菜園と養蜂場を持ちサステナブルな体験ができることで、多くの観光客を引きつけている。


菜園ではリンゴやアプリコットなどの果物、ズッキーニ、トマトといった野菜のほか、ローズマリーなどのハーブが育てられている。そこで採れた果物や野菜は特別メニューとしてホテル内のレストランで提供される。
養蜂場では5つの巣箱で約25万匹のミツバチを育てている。ここで収穫できるハチミツは多い年には年500ポンド(約227キログラム)に達する。チョコレートやアイスクリームといったデザート、サラダのドレッシングのほか、お酒のジンの原料にもしている。子供から大人までが楽しめる商品を提供することで都市養蜂をアピールしている。
養蜂の現場を見学できるツアーは年1000人程度が参加し、宿泊客の楽しみの1つになっている。「なぜミツバチを飼育する必要があるのか」「生態系を守る意味」などといった環境活動の背景を解説する。ツアー参加者は女王バチを中心としたコミュニティーに対するミツバチの献身的な姿に共感し、自分自身も環境配慮を通じ自らの属するコミュニティーに対し何ができるのか考えるきっかけになるという。
マーケティング・ディレクターのクリスティーナ・ボーゲルさんは「環境配慮への取り組みを実際に体験してもらうと同時に、環境に関する知識を伝えている」ことが、宿泊客の環境への理解を深めることにつながっていると説明する。
同ホテルではリサイクル用のゴミ箱を設置するなど従来の環境対策に加え、2022年末までにストローやペットボトルといった使い捨てプラスチックをゼロにする予定だ。また、食品ロスを少なくするために、Too Good To Goというアプリを使って、朝食で残ったパンを割引価格で提供するなど新たな取り組みも始めている。
「人々は基本的に正しいことをしたいと思っている。宿泊客に環境配慮に貢献できる機会をつくることが重要だ」とボーゲルさんは話している。
フォレッジ■地元の食材活用し未来つくるストーリー伝える

ダウンタウンの中心にある「サステナブルなレストラン」として、地元の人だけでなく観光客の人気を集めているのがフォレッジだ。ここで使われる食材は地元の農家から仕入れている。オーシャンワイズ・シーフードという、海の資源管理を目的に環境に優しい漁獲方法や養殖方法で得られた水産物を利用する取り組みにも賛同しており、認定を受けたシーフードを使っている。
「いま私たちが食べているものを次の世代にも食べてほしい」。シェフのウェルバート・チョイさんはサステナブルな食材を使う理由をこう説明する。そのために、おいしい料理を提供することだけでなく、顧客とのコミュケーションを重視している。使用している食材などについてはすべてのスタッフが答えられるようにしているという。
「これらの食材がどのように農場で栽培されているか、海で獲れた魚介類がどのように漁獲されているかなどをお客さんに知ってもらい、環境への関心を高めてもらうことが次の世代のための環境保護につながる」という。
レストランを地元の生産者と顧客が料理を通じて出会う場所と位置づけ、目の前の一皿の料理が将来につながるというストーリーを示したいという思いがチョイさんの原動力となっている。
スタンレー・パーク■先住民文化通じ「人間は自然の一部」体感

暮らすように旅することがバンクーバー観光の魅力。この街をよく知る人はこう口をそろえる。バンクーバーで生まれ育ったロビン・ラッセルさんが街の魅力を体験できる一番の場所というのがスタンレー・パークだ。ダウンタウンの北西にあり、海岸沿いに整備された遊歩道「シーウォール」を通って徒歩や自転車で行けば、都市と自然の共生をより体感できる。毎年800万人が訪れる。原生林が残る400ヘクタールの敷地の中に、カナダ最大の水族館やビーチ、ウォーターパークなどがある。なかでもロビンさんがすすめるのが先住民文化の体験だ。公園内ではトーテムポールなど先住民文化の象徴を見ることができるほか、先住民の暮らしぶりなどを伝えるウオーキングツアーがある。「かつてこの地に住んでいた先住民の文化を知ることで、自分も自然の一部ということが実感できるようになり、環境への関心がより高まる」という。
ホテルのフェアモント・ウォーターフロントはスタンレー・パークのウオーキングツアーを主催する企業と協力し、宿泊客に先住民文化を体験するツアーに参加してもらうプログラムを始めている。参加者は先住民が植物を薬として利用するなど森とどう共存してきたかを知ることができるという。「サステナブルな社会の実現のためには、環境配慮の行動を促すだけでなくサステナブルなコミュニティーをつくり広げていくことが必要」と同ホテルのマーケティング・ディレクターのボーゲルさんは話している。
バンクーバーがサステナブルな街なのは、自然と共生してきたコミュニティーとして先住民からの長い歴史があり、それを未来に残そうとしているからだ。そのストーリーが観光客の共感を呼んでいる。
<バンクーバーのサステナビリティーを体感できるその他の施設・サービス>

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環境配慮への意識 「バンクーバー訪問で高まった」69%
利便性や特典より、取り組みへの共感が意識変える
バンクーバーの取り組みは、観光客の意識を確実に変えている。NIKKEI STYLE トラベルが過去3年間にバンクーバーを訪れた経験のある人に、バンクーバーを訪れたことで「環境やサステナブルな社会に対する意識が高まりましたか」と聞いたところ、「高まった」(33.9%)、「少し高まった」(35.2%)と回答した人は全体の69.1%に達した(グラフ1)。滞在日数別にみてみると、日数が長いほど意識が高まっている。長く滞在するほどバンクーバーの魅力が伝わるのは、「暮らすように旅する街」といわれる証左だろう。
<グラフ1>バンクーバーを訪れたことで環境意識は高まったか

調査は2022年8月中旬、「過去3年間にバンクーバーを訪れたことがある」と答えた全国の546人に実施した。
「バンクーバーを環境配慮したサステナブルな都市と感じた」人に対し、どの場所でそう感じたか複数回答で聞いたところ「空港・公園といった公共施設」(65.7%)、「ホテルなど宿泊施設」(62.8%),「商業施設」(61.9%)、「レストラン」(57.9%)となった。街全体で環境配慮を進めていることがわかる。
「空港内の大きな水槽に海洋生物が展示されており、地球環境・生態系への意識の高さの象徴と思った」(40代男性)
「『地産地消』『CO2削減に取り組んでいます』といった看板を掲げるレストランが多く驚いた」(40代男性)
バンクーバーでのサステナブルな体験は空港に到着したときから始まり、街中に行っても続いている。
環境意識が高まったと答えた人にその理由を複数回答で聞くと「現地の人が環境配慮の取り組みをしていたから」(69.0%)、「環境配慮の取り組みに共感できたから」(66.8%)が上位に並んだ(グラフ2)。
<グラフ2> 環境意識が高まった理由

「ペットボトルの飲み物を買う人は少なく、みんなマイボトルを持ち運びモールの中や街中で水を給水していた」(20代女性)
「環境に配慮された場所で過ごすことで、それが普通という感じになった」(20代男性)
当たり前のように環境に配慮した行動をしている人を見たことが意識の向上につながったようだ。
一方、「環境配慮を通じて特典などのインセンティブがあったから」(30.8%)「環境配慮が不便や自分の負担増につながらなかったから」(21.8%)といったコストや利便性を挙げた人は少なかった。「サステナブルツーリズム」など環境に配慮した行動を促すには、経済的負担の抑制や利便性を犠牲にしないことではなく、取り組みへの共感が必要といえる。
調査は2022年8月12~16日、全国の20~69歳男女で「過去3年間にカナダ・バンクーバーを訪れたことがある」546人を対象に、マクロミルを通じてインターネットで実施した。回答者の内訳は、男性285人(20代=59人、30代=76人、40代=66人、50代=44人、60代=40人)、女性=261人(20代=67人、30代=77人、40代=40人、50代=38人、60代=39人)