「カリオストロの城」の名せりふ

ルパン作品で際立ってファンが多いのは、映画「ルパン三世 カリオストロの城」だろう。偽札造りの秘密を抱える小国の姫、クラリスを巡る物語。ルパンは姫を救い出そうと、古城に忍び込む。

実質的には誘拐となるが、ルパンは「泥棒です。こんばんは、花嫁さん」と正直に名乗り、「どうかこの泥棒めに盗まれてやってください」と、礼儀正しく申し込む。古城に幽閉され、結婚を強いられているクラリスの不安な気持ちを察して、度が過ぎるほどに丁寧な物腰で、誘拐を提案した。相手の心理に応じて、ソフトに接する物腰は先の真希への向き合い方にも似ている。

ルパンは語りにめりはりをつけるのがうまい。やや芝居がかった表現も好む。この場面でも、ルパンを危険に巻き込むまいと、誘拐されることにためらうクラリスに、長い口上を述べる。

「ああ、何ということだ。その女の子は、悪い魔法使いの言葉は信じるのに、泥棒の力を信じようとはしなかった。その子が信じてくれたなら、泥棒は空を飛ぶことだって、湖の水を飲み干すことだってできるのに」

この後、苦しむような小芝居を加えてから、ルパンは手品の要領で指先に一輪の花を咲かせて、クラリスを驚かせ、「今はこれが精一杯」とささやく。

空や湖を引き合いに出した、大げさな長広舌の直後に、小さな花で落差を印象づける。声のトーンもぐっと落として、クラリスの揺れる気持ちを引き寄せる妙手だ。ここからルパンとクラリスの心理的な距離は格段に近くなっていく。

ルパン話法のうち、憎めないキャラクターづくりに一役買っているのは、語りかけの冒頭に添えられる、短い導入フレーズだ。「そんでさぁ」「おいおい」「ねぇ」「ほんじゃ」といった感じの一言が親しげなムードを醸し出す。

いきなり本題に入るのではなく、まず相手との心理的な距離を縮めてから、メッセージを伝える。クラリスには小芝居で試みた接近術のワンフレーズ版ともいえそうだ。これが人称と交じると、「ふぅ~じこちゅわ~ん(不二子ちゃん)」になる。単なる名前の呼びかけなのに、過剰なまでの好意が盛り込まれている。逆に、不満を漏らす場合は「じ~げ~ん(次元)」とトーンが沈む。

「へぇ~」とか「いや~」「ほうほう」といった冒頭フレーズなら、使いやすそうだ。こういう実質的に意味を持たない言葉は、効率重視のオンライン会議では省かれがちだ。でも、対話の体温を保つ上では意味がある。対面トークの機会が増える中、距離が縮まるしゃべり方も復活させてほしい。

本来は犯罪者のルパンが国民的とも呼べそうなほどの人気を博している理由は、歴代の声優がキャラクターに息を吹き込んできたことが大きいだろう。アニメではそうした「声」の魅力を存分に感じ取れる。50周年を記念したテレビ番組や映像ソフト発売はこれからも続きそうだから、この機会に「ルパン話法」をおさらいしてみてはいかがだろう。

梶原しげる
梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。