大名人事からみた「忠臣蔵」の討ち入り

赤穂義士の墓所がある泉岳寺(東京)
赤穂義士の墓所がある泉岳寺(東京)
「時に元禄十五年(1702年)十二月十四日、江戸の夜風を震わせて、響くは山鹿流儀陣太鼓」……忠臣蔵のストーリーは今でも人気です。旧主である浅野内匠頭(長矩)のあだ討ちを果たしたこの事件は、当時から「義挙」と称賛され、現代でも米ハーバード大の日本研究のテーマのひとつに挙げられます。他方、徳川幕府側の視点からみれば、現代の企業人事にも通じる分析もできそうです。歴史研究家の安藤優一郎氏に聞きました。