NASAの月面ロボットコンペ 大学チームが競う

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

米国のモハーべ砂漠でヘビ型ロボット「コブラ」の試験を行うノースイースタン大学工学部の学生たち。月の南極にあるクレーターを探査するために設計されたこのロボットは、NASAが開催した2022年「BIGアイデアチャレンジ」で優勝した(PHOTOGRAPH BY SPENCER LOWELL)

ここは米国カリフォルニア州のモハーべ砂漠。急斜面に立つノースイースタン大学工学部の学生たちの足元を小石が滑り落ちてゆく。

彼らが製作したロボット「コブラ(COBRA)」は13台のミニロボットをヘビのように連結したものだ。プログラムを起動すると、ロボットは上に向かって反りかえり、頭部と尾部を連結して六角形になった。黒いカバーに包まれた外見は、まるで細いタイヤのようだ。そして突然、斜面を転がって下りはじめた。岩にぶつかって一瞬跳ね上がることもあったが、最後まで安定して転がり続けた。

「コブラ」は、米航空宇宙局(NASA)の月面探査ロボットコンペに参加した7体のうちの1つ。このコンペには全米各地の大学チームが参加、18カ月にわたって月などの凹凸の多い地形や過酷な環境を探索できる革新的なロボットを構想・設計・製作、その性能を競い合った。

「コブラ」は、横ばい運動で平地や上り坂を移動したり、頭部と尾部を連結してタイヤのように転がったり、写真のように、らせん状にねじれて難所を通り抜けたりできる(PHOTOGRAPH BY SPENCER LOWELL)

月探査にロボットが必要な理由

NASAの今後の大きなミッションのひとつは、50年以上前のアポロ計画以来、初めて人類を月に送ること。ただし今回の目標は「到達」ではなく「滞在」だ。

月面基地を建設する場所は、アポロ計画で着陸した滑らかで平坦(へいたん)な月の赤道付近ではなく、氷が豊富に存在すると考えられる月の南極付近のクレーターになる予定だ。クレーターの内側には太陽の光がまったく届かない「永久影」領域があり、そこに氷が蓄えられている可能性が高い。氷は、月に長期滞在するうえでとても重要な資源だ。

月の南極付近にあるお椀(わん)型のシャックルトン・クレーター。直径は20キロメートルで、深さは3キロもある。NASAのアルテミス計画の基地の建設予定地に近く、地質学的にも興味深いが、このクレーターを効率よく探索するためには、危険な地形でも移動できるロボットの助けが必要だ
NASAの「月面鉱物マッピング装置」のデータにもとづき、月にある水を視覚化した地図。青い部分は月面に氷がある領域を表す。月面の氷が両極付近に集中していることがわかる

とはいえ、クレーター内の探索は容易ではない。クレーターは切り立った壁に囲まれており、古い時代にできた穴や空洞があちこちにある。1日の気温差は250℃以上にもなり、日陰になることも多いため、太陽光発電を利用することもできない。

人間を寄せ付けないこうした地形を探索するためには、人間と一緒に探索を行うロボットや探査車が必要になる。NASAの火星探査機「パーシビアランス」のチーフエンジニアで、コンペの審査員の1人であるバンディ・バーマ氏は、「そこで、既成概念にとらわれない発想が求められるのです」と言う。

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大学生の自由な発想