海の中で水耕栽培 「ネモのガーデン」の挑戦

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

海中農場「ネモのガーデン」のドームの湿った空気が日光によって暖められると、壁面で結露が起こる。その水を集めれば、植物の水やりに使用できる(PHOTOGRAPH BY LUCA LOCATELLI)

イタリア北西部のジェノバから車で1時間。絵のように美しいノーリ村の沖合で、透明なプラスチックでできた9つの大きな泡が水中を漂っているように見える。その中に閉じ込められた空気はハーブの香りがする。

情熱あるクレージーな取り組み

「ネモのガーデン」と呼ばれるこの奇妙な構造物は、海中温室の実現可能性を検証するための実験施設だ。プラスチックのドームでできた水中の「バイオスフィア(生物圏)」に水耕栽培装置、空気循環用のファンが設置され、植物が種から栽培されている。それぞれのドームは「『ミニチュア宇宙ステーション』のようなものだ」と語るのは、発明者のセルジオ・ガンベリーニ氏だ。米国とイタリアを拠点にスキューバダイビング用品の製造などを手掛けるオーシャン・リーフ社のCEO(最高経営責任者)でもある。

イタリア、ノーリ村の沖合に設置された奇妙な構造物。海中の温室で植物を栽培する実験設備、ネモのガーデンの一部だ(PHOTOGRAPH BY LUCA LOCATELLI)

ガンベリーニ氏の願いは、乾燥した沿岸の国々で、コストのかかる海水の脱塩を行わずに、より多くの作物を栽培できるようにすることだ。写真家のルカ・ロカテッリ氏も2021年にネモのガーデンを訪れ、海中で栽培されたバジルのペーストを試食し、その型破りなアプローチに魅了された。「普通の発明だけでなく、本物の情熱を持ってクレージーなことを考える人が必要なのです」とロカテッリ氏は言う。「何かがあるかもしれませんし、ないかもしれません。(いずれにせよ)そのようなものに投資する勇敢な人がいるという事実がうれしいのです」

バイオスフィアは大きな風船のようなプラスチック構造物で、約2000リットルの空気を入れることができる。深さ約4.5〜11メートルの海底に固定されている(PHOTOGRAPH BY LUCA LOCATELLI)
海中の植物は地上と異なるストレスを受けるため、ネモのガーデンの植物は育ち方も異なる。2020年の調査では、ネモのガーデンのバジルは地上のバジルよりクロロフィル(葉緑素)や抗酸化物質が多く、精油の内容も異なることがわかった(PHOTOGRAPH BY LUCA LOCATELLI)
最初のバイオスフィア5つはハブを中心に五角形に配置された。その後、数年をかけて、さらに4つ追加されており、写真右上はそのひとつ(PHOTOGRAPH BY LUCA LOCATELLI)
バイオスフィアは海底に鎖で固定される。ドームの下に小さな台があり、人が入って植物の状態を確認したり、収穫したりできるようになっている(PHOTOGRAPH BY LUCA LOCATELLI)
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バジル以外に、トマトやオクラなども実験