クレヨンとクレパス、どこが違う?

ちょうどそのころから、輸入品として市場に出回り始めていたクレヨンの需要に火がついた。1910年代後半から20年代にかけて、国内でもクレヨン製造業者が次々に登場。サクラクレパスの前身、日本クレィヨン商会(その後、「桜クレィヨン商会」に改称)もそのうちの1社だった。

クレヨンは棒状でべとつきにくく、子供が扱いやすい画材ではあった。しかし、材質が硬かったせいで、広い範囲に色を塗ったり、異なる色を混ぜ合わせて使ったりするには不向きだった。

一方、鮮やかな色を出しやすい「パステル」という、別の画材もあった。だが、こちらは描いた後に専用の液を吹き付けなければ、画用紙に定着しないという難点を抱えていた。クレヨンもパステルも「一長一短」だったわけだ。

子供たちにのびのびと絵を描いてもらうには、それに適した画材が必要だ――。山本からそんな要望を受けた同社の社員たちは一念発起で開発に挑んだ。扱いやすさというクレヨンの利点と、きれいに色が塗れるというパステルの利点。この両方を掛け合わせたのがクレパスったのだ。

名前のほうもクレヨンとパステルから2文字ずつ取って「クレパス」と命名。英語表記は「craypas」だ。

クレパスをクレヨンだと「勘違い」して使ってきたという人は珍しくない。だが、開発の経緯からも分かるように「両者は異なる表現を得意としている」と大塚氏は語る。

サクラクレパス広報の大塚さゆり氏

「材質の柔らかいクレパスは面を塗ることが得意な画材です。一方、やや硬いクレヨンは線を描くことが得意です。画面上で複数の色を混ぜたり、重ねたりするのにはクレパスのほうが向いています。保育園や幼稚園、小学校で、画材の特徴の違いを教わる機会はあまりなかったと思いますが、クレパスの利点は、みなさんが思い思いに『お絵かき』をする中で、自然に体験してもらっていたのではないでしょうか」(大塚氏)

しかし、この「いいとこ取り」は簡単に実現したわけではなかった。理由はクレパスの原料にあった。クレパスは着色に用いる顔料に、「つなぎ」であるワックス(ロウ)とオイルを独自の配合で混ぜ合わせ、棒状に固めて作る。25年の発売当時は、この「つなぎ」が温度の変化に弱かった。年間を通じて同じ硬さを保つことが難しかったので、「かたい・夏用」と「やわらかい・冬用」の2種類で販売を始めたという。

これが結果的には大失敗だった。流通の切り替えがうまくいかず、「夏用」が冬に、「冬用」が夏に市場へ出回ってしまい、混乱を呼ぶ事態に。考えてみれば、それほど短期間で使い切れる商品でもない。「冬用」を冬に買うことができたとしても、使っているうちに季節が変わり、気温上昇で「つなぎ」が溶け出してしまうことは十分に起こり得る。そもそも季節できれいに切り分けること自体に無理があった。

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全品回収へ追い込まれるピンチに