
肉や魚はさておき、なぜ野菜にこだわるのか。そのワケは、熊谷さんが料理人として独立するまでの20数年間に培った経験に基づいている。もともとサーフィン好きで、千葉の外房エリアへ若かりしころ、よく出かけた。海辺でレストランを開くのが夢だった。そこで20歳のころから料理人になるための修業を始めた。ホテルの厨房を皮切りに、その後、1年余フランスに渡り、ミシュランの1つ星レストランや有名ベーカリーで経験を積んだ。帰国後は再び東京都内のいくつかのレストランやホテルなどで料理の腕に磨きをかけ、ブライダル料理やケータリング料理なども手がけ、仕事のジャンルを広げてきた。
肉や魚にないバリエーションの豊富さに気づく
修業時代に多くの食材を扱ってきたが、「肉や魚はもういいかな、と思った」と熊谷さんはいう。牛や豚、鶏のそれぞれの肉の部位や、魚種によって味の違いはあるものの、その差は野菜とは比較にならない、と熊谷さんは実感する。同じ野菜でもいろいろな品種があるし、産地によっても味が違う。京野菜といったご当地ならではの野菜もある。品種改良で新顔が次々登場してくるのも野菜ならではの話だ。肉や魚にはないバリエーションの豊富さに改めて気づき、その奥深さに料理人としての腕が鳴った。

自然派レストランで修行した経験もある。その時、有機野菜や当時、社会問題化していたダイオキシン問題など環境についても自分なりに勉強した。アトピー性皮膚炎だった息子が、こだわり野菜を口にして以降、体質が改善した事実も大きい。生産者がこだわって作った野菜は、人々の健康の維持・向上にもつながるはず――。熊谷さんはそう考えている。
もうひとつのコンセプト、和とフレンチの融合も修行時代の実体験をもとに導き出した。ホテルでフレンチの修業を始めた当初、厨房が隣同士だったことで日本料理の師匠にもかわいがってもらい、和食のノウハウを教えてもらったことや、米国の有名レストランで、松花堂弁当風に料理を出していた手法にハッとさせられた経験がきっかけという。
熊谷さんが目指す「フレンチ・ジャパニーズ料理」とは「日本人から見た洋食、外国の方から見た和食」であり、2世代で一緒に来ても、みんなに楽しんでもらえる料理。例えば、バルサミコ酢にしょうゆを合わせたソースだったり、八丁味噌に赤ワインを混ぜたディップだったり。どれもシンプルかつ和と洋の要素が絡んでおり、肩肘張った料理やとんがった料理はひとつもない。

胃にもたれることもなく、誰もが口にできるため、年配の親世代と子世代が一緒にテーブルを囲んでも大丈夫。また、料理と合わせるアルコールのラインアップも豊富で、ワインを飲まなければ、という縛りもない。「日本酒でもビールでも、焼酎でもウイスキーでも、ご自身が好きな物をご自由にチョイスいただければ」と熊谷さん。
ディナーのコースメニューには、6種前菜盛り合わせや市場からの地魚のフライパン焼きなど料理4品とデザート、ハーブティーがセットのちょっとしたコース「味彩」(5830円+サービス料等)や、肉や魚や鮮魚カルパッチョサラダなど料理5品とデザートなどがセットになったセレクトコース「今彩」(8800円+サービス料等)などがある。
京都の町家をイメージした店内。ガラス戸やガラス窓の先には、箱庭風の庭や笹竹が広がる。マホガニーの一枚板でこしらえた約7メートルのカウンターテーブルもシックで、大人の空間を演出する。東京で大地の豊かな恵みを感じ、野菜本来の味をかみしめることができる店だ。
(堀威彦)