それでも人が必要な場面は、倫理的判断だ。例えば、車の乗り合わせサービスを展開しているUberは、需給がひっ迫したときに運賃を上げるようにアルゴリズムをくんでいた。そのため何かしら災害などが起きたときに人々が一斉に配車を手配すると、運賃が急騰してしまう。が、災害時に値上げをすることは倫理的に許されないので、人間の手で値段が上がらないようにしなくてはいけない。

広く不特定多数の人に課題解決を依頼するクラウドの論点も無視できない。自社だけで何もかも解決しようとするのは非効率なようだ。米航空宇宙局(NASA)をはじめとした、超優秀人材を集めている組織ですら、広く外に解決策を求めたほうが良い結果を得られている。

どうしてそうなるのか? そもそも会社に長くいる組織人はあまり勉強をしていない。最新の技術や知識をまじめに勉強している若い人の方が問題を解けるかもしれないし、他の領域から見た方が問題が解きやすい場合もあるかもしれない。自分の会社の中の人材だけで物事を解決しようとすることには限界がある。

どうやら、①人を介さなくてもいい判断は機械に渡すこと②社外の「多くの」人に問題を解いてもらえるようにすること――がデジタルトランスフォーメーションのようだ。

「何の判断」を機械に受け渡すか

ここまでくると、全社に大号令がかかる「とにかくうちもデジタル化だ!」と。ちなみに、筆者にもよく、「DXを実施したい」「他社は何年もかかっているが、すぐにできないのか」等々、早期に華々しい結果を出したいがための問い合わせをいただく。だが、具体的にどこからやるのか、やれるのかという点について、考えている企業は少ない。

ついつい忘れがちだが、何をデジタル化するのかを決めるのは人間だ。まずは機械に任せられるところは機械にやらせようと決めたとしても、「何の判断」を機械に受け渡すのかを決めなくてはいけない。

実はこれが難しい。1冊目のような大きなトレンドの話だけを耳にしていると、具体的に何から始めるのかを決めることの難しさが分からず、すぐに成果が出るものだと思い込んでしまう。この難しさを分かるためには、機械がやってくれるデータ分析の機微を知っている必要がある。

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細かく地道な活動が大前提