イノシシ肉のロースト

メイン料理は、イノシシ肉のロースト。これも飼育イノシシだが、豚とまったく違う脂の質に驚く。脂がふるふるしていて、肉は歯ごたえがありつつ、ジューシーだ。赤身肉を噛みしめながら、口の中で肉汁を出して肉の風味を楽しむというイタリア的赤身肉の食べ方ができる。飼育のイノシシは癖がなく、「ジビエの入門編として食べていただきたい」と林シェフは勧める。

ジビエを店で出すときに、林シェフがいちばん気をつけるのが、猟でしとめてから処理するまでのスピードと肉の衛生管理だ。ジビエ肉を加工するには、食品衛生法にもとづく食肉処理施設を設ける必要がある。林シェフはリンゴ畑のため池でカモを撃ち、胸肉をローストに、モモ肉をコンフィなどにする。禁猟期にため池にいるカモも、猟期には禁猟区であるすぐ隣のため池に移動したりと猟に難儀し、やはり一期一会といえる。

「Il Filo」の貯蔵庫につり下げられた鴨の生ハム

林シェフはいずれのジビエ肉もあえて熟成させない。そして、血なまぐささを感じさせない処理をする。しとめてから、腸や内臓を早く抜いて、肉の温度を下げる。「臭くないジビエを出して、『もうこの店のジビエしか食べられない』とお客様に言わせたいんです」と独自性を打ち出す。元カフェだった店の内装はほぼそのままで、雰囲気はカジュアル。開店してまだ半年余りで、今季、店にとって初めての猟期を迎える。ジビエも含めて、地元の人に受け入れられるためのイタリア料理のメニュー作りに試行錯誤がつづく。

そうした林シェフに、冒頭に紹介したマタギの工藤さんはエールを送る。「いまはハンター(狩猟者)はいるけれど、(獲物を山の神からの授かり物ととらえ、感謝していただく)マタギ人(びと)は少なくなってしまいました。できれば昔のことも勉強しながら、無理なく、自分のできる範囲で伝えていってもらえれば」。工藤さんは日焼けした顔で穏やかに締めくくった。

中村 浩子
イタリア食文化文筆・翻訳家。東京外国語大学イタリア語学科卒。イタリアの新聞社『ラ・レプブリカ』極東支局長助手をへて、文筆・翻訳へ。著書に『イタリア薬膳ごはん』(共著)『「イタリア郷土料理」美味紀行』、訳書に『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(共訳)『スローフード・バイブル』。

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