マタギ文化を味わうジビエ 弘前市のイタリア料理店でイタリア美味の裏側(21)イタリア食文化文筆・翻訳家 中村浩子

白神マタギ舎の代表代理・工藤茂樹さんとツキノワグマ(写真提供:白神マタギ舎)

マタギという言葉を聞いたことがあるだろうか。イタリア語ではない。日本語である。マタギとは、主に東北地方で伝統的な儀礼や方法にしたがい、ツキノワグマなど野生の鳥獣の狩猟を生業にしてきた人たちを指す。「動物が憎いから撃つのではなく、生きていくのに必要だから撃つ。動物の命をいただいて人は生きていく。動物の命を奪うたびに人は心を鬼にし、撃ってはまた鬼になる。だから、『又鬼(マタギ)』と呼ぶのだと先祖から聞いています」。そう語るのは、白神マタギ舎(青森県西目屋村)代表代理の工藤茂樹さんだ。工藤家は230年ほど前からマタギをしてきた。時代が移り変わったいま、工藤さんは世界遺産である白神山地のガイドをしながら、マタギを続けている。

「とくにクマは、山の神からの授かり物だとマタギは考えています。なので、クマを授かったら、マタギたちは頭を垂れて、『ありがたく頂戴いたします』と言ってから、解体を始めます」と工藤さんは語る。解体のあと、代々伝えられた言葉でクマの成仏を祈る。その場でモツを鍋にして食べ、肉は骨付きのまま分配して背負って持ち帰り、おすそ分けもする。保健衛生の面から、しっかり火を入れる調理になる。

「Il Filo」のサルーミの盛り合わせ

そのようなマタギという狩猟文化がいまも引き継がれる青森県西部の弘前市に、ジビエと手づくりサルーミ(食肉加工品)を出すイタリア料理店が今春、オープンした。「Il Filo(イルフィーロ)」の林隆寛オーナーシェフは、みずから狩猟免許をもつ。地元の料理学校を卒業後、東京のイタリア料理店での修業をへて、ワインを自社畑のブドウから醸造するので有名なイタリア料理の名店「Osteria Enoteca Da Sasino(オステリア エノテカ ダ・サスィーノ)」(弘前市)と姉妹店で計7年間働いてから今春、独立した。

「実は、マタギのことは、狩猟免許を取ろうと決めたころに初めて知りました。狩猟免許は『Da Sasino』でジビエを扱ううちに、自分で捕ってみたいと思ったのがきっかけです。ジビエは一期一会。生息環境や餌が違えば、肉も違ってくる。ふたつとして同じものはありません。そうしたジビエとの出合いや、人とのつながりを大切にしたいという思いから、イタリア語で『糸』という意味の店名をつけたんです」と林シェフは話す。もともとジビエの処理場とケータリングを営みたいと思っていたが、弘前市のビジネス支援センターから、処理場の前に店を作って安定させたらとアドバイスを受けて開店にいたった。