研究への性差分析の組み込み、海外が先行 

こうした問題意識をいち早く政策に反映してきたのが欧州連合(EU)だ。14年以降、10兆円規模の研究資金提供の条件として性差分析の組み込みを推奨。21年以降は原則全ての研究で義務化された。データ収集、分析などあらゆる段階で性差分析が求められており、カナダやドイツなどでも似た動きが進む。

遅れていた国内では、21年2月に日本学術会議が「性差に基づく科学技術イノベーションの検討小分科会」を設置し議論を進めてきた。今後研究開発での性別データの取得と公開、ジェンダー平等の推進などを求める「見解」をまとめる。

同分科会の委員長、渡辺美代子さんは「これは単に女性の権利拡大や女性の数を増やすという話ではない」と強調する。性差の考慮は今まで考えもしなかったような先進的な取り組みにつながり「ビジネスチャンスの創出も期待できる」(石井さん)からだ。

ジェンダード・イノベーション AI分野、農機開発などで

ジェンダード・イノベーションは多様な業種に広がりつつある。専門家の男性比率が圧倒的に高い人工知能(AI)分野もそのひとつだ。学習するデータの収集やアルゴリズムの設計、運用などの過程に入り込んだバイアスが、女性やマイノリティーに不利益や差別されやすい状況をもたらすことが知られている。

メルカリでは19年に始めた後払いサービス「メルペイスマート払い」でこの課題に取り組んだ。顧客ごとに異なる利用額を提示するための与信モデルを構築する際、学習データに差別的な要素が含まれていないかどうかや、利用すべきでないデータを社内で協議。性別、居住地、人種、国籍などの属性データを利用しないように決めたという。

農業機械大手の井関農機は性差分析を商品性向上につなげた。初めてまとまった形で女性ユーザーへのヒアリングを実施すると「男性とは体力や体格の差があり、ハンドルやペダルに手足が届きにくい」「日焼けが気になる」といった生の声が次々と上がった。そこでトラクターの座席を調整できるようにしたり、乗り込むときにつかまるグリップを付けたりしたほか、大型の日よけもつけた新製品を開発。15年に発売した。

好評をうけ、同様の分析に基づき女性でも取り回しやすいように工夫した耕運機や草刈り機も相次ぎ投入した。「力が足りないといった悩みは女性だけではなく高齢者にも通じる話。好評の機能は他の機種にも展開し、女性に限らず誰もが使いやすいデザインにつながった」(商品企画担当の勝野志郎執行役員)。性差にとどまらない効果を感じているという。

井関農機は農業に携わる多数の女性の声を取り入れた農機を開発した(2016年、愛媛県松山市)
変革の種は身近に

ジェンダード・イノベーションは、政策面では第6期科学技術・イノベーション基本計画で言及され、女性研究者の活躍促進の取り組みを国立大学学長のマネジメント実績として評価することになった。「運営費交付金の配分に反映されるため推進力は大きい」と日本学術会議の渡辺さんはみる。6月の「女性版骨太の方針」でも、研究・技術開発に多様な視点を取り入れることの重要性が指摘されている。

手元のスマートフォン一つとっても、女性にはサイズが大きすぎるほか、女性の声が設定されたAIアシスタントが自然と「秘書」を務めることに気付く。自分自身が見過ごしてきた事象にもイノベーションの種は多くありそうだ。
(児玉小百合)

[日本経済新聞朝刊2022年8月1日付]