日経Gooday

財津さんたちは、全国33カ所の労災病院の入院患者病職歴データベースを用いて、「新規がん患者」の6万3232症例と「がんに罹患していない患者」の6万3232症例を比較することで、低~中等度の飲酒とがん罹患リスクを推計するという「症例対照研究」を実施した。ここでは、年齢、性別、診断年、診断病院などをそろえて比較している。

対象者の平均年齢は69歳で、男性は65%、女性は35%。病院に入院する際に、1日の平均酒量やこれまでの飲酒期間(年数)も調査している。「この飲酒期間を分析の対象に加えているところが、この論文のポイントの1つです」と財津さん。

確かに、「飲酒期間」という要素があると、「いつも飲んでいる量を、このままずっと続けていったらどうなるか」も見えてくる。これは酒飲みにとって、かなり気になるところだ。

この研究においては、純アルコールにして23g(日本酒1合相当)を1単位として、1日の平均飲酒量(単位)に飲酒期間(年数)をかけたものを飲酒指数(drink-year)と定義している。

例えば、1日当たり日本酒1合の飲酒を10年間続けたら「10drink-year」ということになる。1日当たり2合の飲酒を10年間続けたら「20drink-year」だし、またそれを20年間続けたら「40drink-year」というわけだ。

リスクの上昇は一見少ないように思えるが…

さて、いよいよ本題。研究結果では、少量の飲酒におけるがんのリスクはどのくらいなのだろうか。

「日本人を調査対象にした本研究において、少量から中等度の飲酒でも、がんのリスクは上昇するということが明確になりました。飲酒しなかった人が最もがん罹患のリスクが低く、飲酒した人のがん全体の罹患リスクは、低~中等度の飲酒において飲酒量が増えるにつれ上昇しました」(財津さん)

そして、1日純アルコールにして23gの飲酒を10年間続けることで(10drink-year)、酒をまったく飲まない人に対し、何らかのがんにかかるリスクは1.05倍上がるという結果になったという。

1日純アルコ―ル23gというと、厚生労働省が定める「適量」である1日20gにかなり近い。つまり、健康を損ねないよう「ほどほど」に飲んでいても、何らかのがんにかかるリスクは確実に上がるというわけだ。

しかし、この1.05倍という数値はどう判断すればいいのだろうか。1.05倍とは、5%リスクが高くなるということ。リスクが上がるのは確かとはいえ、数字だけ見るとそんなに大きなリスクとも言えないような気もする。「思ったより低い」と感じる人もいるのではないだろうか。

「確かに、数値だけ見ると、その程度かと思われるかもしれません。しかし、この研究で導かれた1.05倍という結果は『1日純アルコールにして23gを10年間続けること』から算出されています。飲む量が2倍、3倍と増えていけば、10年よりも短い年数でがんのリスクが上昇するということになります。また、これは10年間飲み続けたケースの値ですから、20年、30年と飲み続ければ、その分リスクは上がります。決して軽視できる数値ではありません」(財津さん)

酒量が増えたり、飲酒期間が長くなったりして累積飲酒量(drink-year)が大きくなると、グラフのようにリスクは大きくなっていく。

累積飲酒量とがん全体の罹患リスクの関係

横軸は1日の平均飲酒量(純アルコールで23gが1単位)に飲酒期間(年数)をかけたもの。縦軸は飲酒をしない人と比較した何らかのがんにかかるリスク(出典:Cancer. 2020; 126(5):1031-40.)

例えば、50歳前後の人が、20歳くらいから飲み始めている場合、飲酒期間は30年になる。そして1日当たり日本酒で2合を飲んでいたら(=2単位)、60drink-yearということになり、がんの罹患リスクは1.2倍(=20%増)程度になることが分かる。

30年間の飲酒生活で2割もがんのリスクが上がってしまうのだから、財津さんが言う通り、これは決して無視していいものではない。ちりも積もれば山となる。酒もまた、少量でも日々重ねていけば、がんのリスクは確実に上がっていくのである。

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リスクの上昇が大きいのは「酒の通り道」