
若くても老化ペースには大きな違いが
同じ街で同じ年に生まれた45歳でも、最も老化が進んでいる人は、平均より脳年齢で3.79歳、見た目が4.32歳も老けていた――。
これは、ニュージーランド南島のダニーデン市で1972年から73年に生まれた約1000人を26歳から45歳までの20年間追跡した研究(ダニーデン研究)が明らかにしたもの。
45歳はまさに働き盛り。老いを意識するには早すぎる年だ。遺伝的な要因も影響している可能性はあるが、その人がどんな生活を送るかによって、老化速度に大きな差が生じることがわかってきた。
この研究では、血糖コントロールの状況を表すHbA1c(糖化ヘモグロビン)値、心肺機能、ウエスト/ヒップ比など研究参加者の生体データ19種類から老化ペースを算出しているが、暦年齢が1年進む間に2.4年以上老化が進んでいた人から、0.4年しか進んでいなかった人までいて、大きな差がついていた(下図)。
老化ペースが速い人たちは、見た目から、歩く速度、脳および認知機能までが総じて老化していたという [1]。

つまり、まだ十分若い時期から老化は確実に進んでいて、そのペースは人によって大きく異なるというのだ。
裏返せば、自分の老化スピードとそのペースを速めている原因がわかれば、“スローエイジング”のための手を打つことが可能になるかもしれない。
ダニーデン研究は、研究参加者の生体データから老化ペースを予測するDunedinPoAmという“老化時計(Aging Clock)”を作り、その予測精度の検証と応用を進めている。この時計以外にも、DNAのメチル化率(化学修飾された遺伝子レベルの率)、血中の免疫関連たんぱく質、心電図など様々なデータを基にした老化時計が開発されており、近い将来、こうした指標による老化ペース検査も始まりそうだ。
日本抗加齢医学会理事長で、老化時計を研究する近畿大学アンチエイジングセンターの山田秀和教授はこういう。「これまでの研究から、寿命には7割程度生活環境因子が影響すると考えられる。そこで、老化時計で自分の老化ペースを知り、食事、運動、メンタルなどの生活環境因子を変えることで老化を抑制しようとする研究が日進月歩で進んでいる。世界で最も高齢化が進んでいる日本にとって、元気な高齢者を増やすためにもこうした研究は重要だが、それ以上に、人口が減り続けている若い世代がこうした科学技術の恩恵を受け、健康で活動的に生きる年月を延ばすことができたら、希望のある未来像が描けるし、消費市場の活性化も見込めるだろう」。
[1] Nat Aging. 2021 Mar;1(3):295-308.
eLife. 2020 May 5;9:e54870.
スローエイジングは早く始めるほど得るものも大きい
100年の寿命は普通という時代が現実味を帯びつつある。しかし、健康にいきいきと過ごせなければ、長寿であっても必ずしも幸せとは言えない。サルコペニア、がん、認知症など老化によって発症リスクが高まる疾患は多い。老化ペースを緩やかにすることができれば、こうした加齢性疾患の発症低下につながる。
また、山田教授が指摘するように、なるべく早く若いうちに老化ペースを緩やかにする生活を始めるほど恩恵は大きい。最近、食事面からそれを示唆する研究が発表された。食事を何歳時点で健康的な内容に改善するかで平均余命(その時点からの生存期間)がどれだけ変わるかを見たものだ[2]。
この研究は、世界中の国々の疾病・傷害とそのリスク要因をまとめた「世界の疾病負荷研究(Global Burden of Disease Study)2019年版」と、食事が死亡率に与える影響を分析した多くの研究を統合解析して評価している。
結果は、砂糖入り飲料、精製穀物、赤身肉、加工肉などが多い「西洋型の食事」から、豆類、全粒穀物、魚、果物、野菜が多い「健康的な食生活」に変える時期が早ければ早いほど、平均余命が伸びるという結果に(下図)。
20歳で西洋式食事から最適な食事に変更すれば、女性で10.7年、男性で13.0年平均余命が延長する可能性があり、食品別では、豆類や全粒穀物の摂取量を増やす効果が大きかった。

「世界の社会経済活動を停滞させた新型コロナウイルス感染症は、高齢者や基礎疾患を持つ人ほど重症化リスクが高いこと、免疫も老化によって低下することを、まざまざと私たちに知らしめた。若さを守ることができるなら、それは老化やそれに伴ってリスクが高まる疾患に対する最大の防御であることを明らかにしたともいえる。2019年にWHO(世界保健機関)が、医療機関で診断基準などに使われる国際疾病分類を約30年ぶりに改訂して公表したが、老化を疾患として扱う“老化関連(XT9T)”という補助的なコードを新設した。老化を病いの1つとしてとらえ、対策を打つ時代が来ようとしている」(山田教授)。
一方で、予防政策にかかる費用が治療費より低いとは限らず、高度医療や終末医療にかなりの医療費がかかることなどを踏まえると、健康寿命が伸びても医療費削減効果が確実に得られるとは言えないという指摘もある。こうした考え方に対し、予防はそもそも大きな市場創出効果を持つとするのが、老化研究の第一人者で、ハーバード大学医学大学院のデビット・A・シンクレア教授と経済学者のグループだ。
彼らは2017年の米国の国勢調査をベースに平均余命の延伸による経済効果を試算し、米国民全体の平均余命が1年延伸すれば、37兆6000億米ドルもの総支払意思額(WTP =Willingness to Pay)が生まれると発表した。WTPとは、消費者が製品やサービスに使ってもいいと思う金額。つまり、「老化を遅らせて元気な期間を延ばすことは、医療費削減以上に大きな経済的利益を生む」と言うのだ[3]。
[2]PLoS Med. 2022 Feb 8;19(2):e1003889.
[3]Nature Aging.2021 vol1: 616–623