伊勢神宮お膝元の地ビール 日米仕込み「ねこにひき」
伊勢神宮のおひざ元である三重県伊勢市。昔からお伊勢参りの人々を集めてきたこの町で、地ビールが造られている。製造するのは1575年(天正3年)創業の二軒茶屋餅角屋本店(同市)。同社は現在も餅菓子を製造するが、21代目の現社長、鈴木成宗氏が1997年からビール造りに挑んでいる。
同社は「伊勢角屋麦酒(いせかどやびーる)」のブランドでビールを売り出しており、さっぱりとした飲み応えが売り物の「ペールエール」、鈴木社長が自ら地元・伊勢市で採取した天然酵母を使った「ヒメホワイト」、かんきつ系のホップの香り豊かな「IPA」などの商品がある。なかでも鈴木社長が推しているのが「ねこにひき」だ。
鈴木社長の名刺には「酵母ハンター」の肩書が書かれている。世界に通用するビールを求めて国内外へ出かけている。2016年秋、お互いが持っている酵母を使って新しいビールを造ろうと、鈴木社長は米国オレゴン州ポートランドの醸造所、カルミネーション・ブルーイングを訪ねた。
これをきっかけに交流が生まれ、カルミネーション・ブルーイング側が来日して翌年仕込んだビールが「ねこにひき」だ。苦みが抑えられていて、白く濁っているのが特徴だ。味わいはフルーティーに仕上がった。こうしたビールは「ニューイングランドIPA」と呼ばれる。米国東海岸発祥で、現地で人気を集めている。日本のビールといえば黄色く澄んでいて、飲んだ時に苦みがあるという先入観が覆される。
ユニークな名前は日米交流の証だ。瓶のラベルには2匹のネコが描かれている。大きなネコは鈴木社長が飼っている「ぎん」で、小柄なネコは米国側のオーナーの飼い猫だった「アビィ」だ。ビール醸造所では原料の麦芽を狙うネズミを追い払うため、古来ネコを飼うことが多かったことも反映している。
「このまま、ずっと餅を作り続けるのか」。大学時代に微生物を研究していた鈴木社長は、卒業後に家業を継いだものの研究の魅力が忘れらなかった。97年に地ビール製造販売を始め、世界大会に出せるビールを造ることを決意した。思うような品質が得られず、造ったビールを何度も捨てた。売り上げを持ち逃げされる災難にも遭った。
試行錯誤を重ね、17年と19年には世界3大ビールコンテストの一つとされる「インターナショナル・ブルーイング・アワード」で同社の「ペールエール」が金賞を獲得した。
ビール工場に併設する販売所は伊勢市の海岸部にある。このほか伊勢神宮の内宮前のおはらい町など同市内の観光客が訪れやすい場所にも販売店がある。高い味わいが全国的な人気を集めており、缶ビールの自社生産も9月から始めた。
最近はスペインにも輸出した。「これまで造ってきたビールのテイストは英米の流れを反映したもの。何とか日本発で世界に発信できる味を生み出したい」。鈴木社長は常に新しいビール造りへ挑戦を続ける。
(津支局長 小山隆司)
[日本経済新聞電子版 2021年12月23日付]
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