凄(すご)腕ヘッドハンターとして知られるハイドリック&ストラグルズジャパン(東京・港)のパートナーであり、書籍『転職思考で生き抜く 異能の挑戦者に学ぶ12のヒント』(日経BP)の監修者でもある渡辺紀子氏が、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』(光文社新書)や『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)などの著書で知られる独立研究家で著作家の山口周氏とリベラルアーツについて語り合う対談。「サーフィンもリベラルアーツだ」という話が飛び出した1回目に続き、今回は「憑(つ)きもの落とし」という意外なキーワードが登場する。

山口周氏(写真左)と渡辺紀子氏(写真右)
山口周氏(写真左)と渡辺紀子氏(写真右)

渡辺紀子氏(以下、渡辺) 私が山口さんの著書を読んで毎回感心するのがアナロジー、比喩の巧みさです。人間の大事な素養の一つは、言葉で表現できることじゃないでしょうか。特にリーダーは、うまい例えや比喩を使えるかどうかで説得力が全然違ってきますよね。そこにリベラルアーツを学んでいるかどうかの差が出てくると思います。

山口周氏(以下、山口) 『美意識』の本で詩の持つメタファーの力について触れましたが、マネジメントって実は全部言葉だけでやっているものなんですよね。米国のJ・F・ケネディ元大統領やマーチン・ルーサー・キング牧師など歴史を動かした人たちも、言葉で人の心を一瞬にしてつかむ力を持っていました。英国のウィンストン・チャーチル元首相も、ソ連東欧圏の秘密主義・閉鎖性を「鉄のカーテン」という一言で評しましたが、あれも一つのメタファーです。やはりどれだけ豊かな言葉を知っているかでマネジメントの差が出てきます。

【対談】山口周氏vs渡辺紀子氏
【第1回】 山口周氏対談 サーフィンだって知見の集積でありリベラルアーツ
【第2回】 山口周氏が語る「リベラルアーツは “憑きもの落とし”だ」←今回はココ
【第3回】 山口周氏の提言「リベラルアーツへの入り口は家事がお勧め」

渡辺 私は中国語が分かるので、2022年の秋に5年ぶりに開かれた中国共産党大会の習近平(シー・ジンピン)国家主席の演説を通訳なしで聞いたんですが、やっぱり格調高いんです。もちろんスピーチライターもいるんですが、歴史的なエッセンスや四字熟語もふんだんに盛り込んで、表現力も豊か。日本の首相とは全然格が違います。

山口 ただならぬオーラがありますよね、習近平は。

渡辺 中国といえば先日、私の大学の同級生で今、京都大学の人文科学研究所で中国哲学の教授をしている人から面白い話を聞きました。中国には共産党幹部の子弟などエリートたちが学ぶ寺子屋的なものがまだあるらしくて、そこから京大の彼に「四書五経を教えてほしい」とオファーがあったそうなんです。

山口 へえ。

渡辺 私もびっくりしたんですけれど、今の中国人ってMBA(経営学修士)とかそういう実学的なことばかりやっている印象がありますが、実はわざわざ外国人を呼んでリベラルアーツの勉強をしていると。

山口 中国で面白いのは、四書五経もあれば一方で『韓非子(かんぴし)』もあるところですよね。韓非子は王様に向けたコーチングブックですけれど、「妻は子どもを産むと、我が子を王様にするためにお前を殺すかもしれないから危険な存在だ」とか、とんでもなく非情なことが書いてあって、マキャベリズムそのものです。つまり儒教的な価値観と韓非子的な価値観が併存していて完全にダブルスタンダード。でも、そこが「奥行き」を生んでいるんでしょうね。

渡辺 彼らは非常に合理的です。そもそも京大の友人が呼ばれたのも、中国は文化大革命で古い書物がだいぶ焼かれて、四書五経に関しても日本の研究でしか分からなくなっている部分があるので、日本人からも謙虚に学ぼうということのようです。

山口 ところで大学で中国文学を勉強して、豊田通商でも中国に駐在していた渡辺さんがヘッドハンターになったのはどういう経緯で?

渡辺 話すと長いんですけれど、きっかけは北京にいたときに(エグゼクティブサーチ会社の)縄文アソシエイツ会長の古田英明さんとお会いする機会があって。古田さんに「うちにはスタンフォードのMBAとかいっぱいいるけど、ヘッドハンターはリベラルアーツが分からないとダメなんだ。君は文学部出身だし、話も面白いじゃないか」となぜか気に入られて。

 でも本当に、この世界はビジネスの話しかしない人が圧倒的多数なので、私が「そういう考え方に至ったのは心理学的にはこういうことですよね?」とか「それって、哲学者の○○が言っていることに通じますね」とか言うと結構、経営者の方は面白がってくださる。やっぱり皆さんお忙しいので、つまらない人間だと二度と会ってもらえないので、そういう意味ではヘッドハンターの仕事にリベラルアーツはすごく役立っていますね。

 ただ、経営者でもなく、普通の会社に入ってまだリーダー的なポジションにも就いていない人には、リベラルアーツの必要性ってぴんとこないかもしれません。そういう人たちに山口さんならどう語りかけますか。

キャリアにおける2種類のゲームチェンジについて語る山口氏
キャリアにおける2種類のゲームチェンジについて語る山口氏

山口 僕はキャリアにおいては2種類のゲームチェンジが起こると思っています。1つは論理解がある問題を解くという仕事から、論理解がない問題について決める仕事に変化するというゲームチェンジ。

 現場では基本的に論理解がある問題を解かされるので、論理的思考やクリティカルシンキングが得意な人が評価されます。その領域にずっととどまっているのならいいんですが、リーダーになると論理解がない問題について、短期間かつ情報も極めて限られる中で意思決定をしなくちゃいけない。しかもそれを当て続けることが求められます。

 そうなると論理思考だけでは限界があって、ある種の直感力を磨かなくてはいけない。その直感というのは、たださいころを振るのとは違って、リベラルアーツに裏打ちされたものだと思うんです。

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