ひらめきブックレビュー

「ジョブズ後」のアップル 2人のキーパーソンを追う 『AFTER STEVE アフター・スティーブ』

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2022年12月末時点で時価総額世界一の座を維持する米アップル。その主力製品でスマートフォンの代名詞ともいえるiPhoneを愛用する人は多い。私も30年来のアップルファンだが、このところ「アップルはどうしちゃったのだろう?」と思うことがしばしばある。以前は新製品が発表されるたびに心躍ったものだが、14年のApple Watch発表以来、そんな気持ちになることがほとんどなくなった。アップルに「画期的なイノベーション」が見えなくなったのだ。

共同創業者で最高経営責任者(CEO)だったスティーブ・ジョブズ氏が11年に亡くなった時も、「アップルはどうなってしまうのだろう」と心配になった。だが、それでもiMacやiPhoneを手がけたデザイナーのジョニー・アイブ氏がいる限り大丈夫、という安心感もあった。しかし、そのアイブ氏が19年に退社。22年7月には同社とのコンサルティング契約が終了したが、その直後のタイミングで出版されたのが本書『AFTER STEVE アフター・スティーブ』(棚橋志行訳)だ。

本書はジョブズ氏の亡き後、アイブ氏が退社するまでのアップルの内部事情を描いたビジネス・ノンフィクションである。ジョブズ氏の後継としてCEOを務めるティム・クック氏とアイブ氏の思考や動きを対照的に描くことで、クリエイティブな巨大企業のかじ取りの難しさを伝えている。著者のトリップ・ミックル氏はニューヨーク・タイムズのアップル担当テクノロジー記者。

「二人三脚」がなくなった

生前のジョブズとアイブ氏は、二人三脚のように密にコミュニケーションをとりながらiMac、iPod、iPhone、iPadといった新製品を世に送り出し世界を驚かせた。だが、「ジョブズ後」のアップルで、クック氏とアイブ氏の関係は二人三脚にはほど遠かったようだ。クック氏は在庫管理の専門家であり、CEO就任前も製品開発にはほとんど関与しなかった。ジョブズ氏はしょっちゅう社内のデザインスタジオに入り浸りアイブ氏と議論をしていたが、クック氏はめったに訪れることもなかった。

クック氏とアイブ氏の間にはっきりとした確執があったわけではない。ただ、従来のデザイナーとしてのクリエイティブな仕事に加えて、デザイナーチームのマネジメントを任されたアイブ氏は不向きな役割に疲れ果ててしまう。一方、クック氏は革新的な新製品を発表していく従来のアップルの方針を変え、アップルミュージック、アップルニュース+、アップルカードといったサービス業を主軸に据える決定を下す。

本書を読むと、ジョブズがいかに稀有(けう)な人物であったかに改めて気付かされる。彼は困難な「アートとビジネスの融合」を鮮やかにやってのけた。その偉大な人物が去った後、アートはアイブ氏に、ビジネスはクック氏に託された。しかし、両者は「融合」できなかった。アイブ氏との関係が切れたアップルは今後どうなってしまうのだろう、と心配になった。

今回の評者 = 吉川 清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て07年から現職。東京都出身。早大卒。

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