ファイザーの超速ワクチン開発 可能にしたパーパス『Moonshot(ムーンショット)』

日本国内では従来と桁違いの規模の新型コロナウイルスの感染拡大が続いている。それでも行動制限が課されず、国民は落ち着いている様子だ。その理由として、重症化リスクが低いと思われていることや基本的な感染対策の定着、そしてワクチンの普及が挙げられるだろう。

国民のワクチン接種が進む中で、小学生からお年寄りまで、誰もが知ることになったのが、ファイザー、モデルナという2つの米国の企業名だ。どちらも世界初となるmRNAワクチンを、前代未聞のスピードで開発した。中でも巨大組織にもかかわらず俊敏に動き、通常は数年かかるワクチンを約9カ月で開発したファイザーは世界を驚かせた。

本書『Moonshot(ムーンショット)』(柴田さとみ訳)は、ワクチン開発をリードしたファイザー会長兼CEO(最高経営責任者)のアルバート・ブーラ氏が、開発の経緯と内幕を詳細に語るノンフィクションだ。開発のプロセスと同様、スピード感あふれる筆致で一気に読ませてくれる。

ワクチン開発に集中できる組織

ファイザーの成功には「運」も味方していたのだろう。ブーラCEOによる大きな組織改革の直後に、予期せぬ新型コロナのパンデミック(世界的な大流行)が発生し、新たなワクチンに対する切迫した需要が生まれたからだ。

ブーラ氏は2019年にCEOに就任すると、すぐに事業ポートフォリオの再編に着手し、合計で総収益の25%を占める2つの部門を手放した。それによって組織がスリム化し「科学イノベーションにひたすら注力する企業」へと変貌を遂げたという。

こうしてコロナ禍前に、偶然にもワクチン開発に集中して取り組む態勢ができていたのだが、それだけが成功の要因ではない。

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