ひらめきブックレビュー

米大手家電量販店を再建 「ビジネスの核心」に迫る 『THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)』

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あなたが勤める会社は「パーパス(存在意義)」を掲げているだろうか。掲げていても従業員に浸透していない会社もあるかもしれない。

本書『THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)』(樋口武志訳)は、パーパスが個々の従業員の夢と結びつくと、素晴らしいパフォーマンスが得られることを示している。著者のユベール・ジョリー氏が「ヒューマン・マジック」と呼ぶその境地に向けて、リーダーがなすべきこと、あるべき姿とはどんなものだろうか。

著者は複数の大手企業を再建してきたプロ経営者だ。特に全米最大の家電量販店ベスト・バイの再建は劇的で、2012年にCEO(最高経営責任者)に就任した際は破滅の途上にあると言われた同社を見事に復活させた。本書は著者が携わった多くの事例を紹介しながら、ハート・オブ・ビジネス、すなわち「ビジネスの核心」に迫る。

■働く動機が生産性を高める

ベスト・バイの再建を打診されてすぐ、著者はある店舗の覆面調査を行った。暗い雰囲気のフロアで、私語ばかりでろくに接客もしない従業員たちの姿に衝撃を受けた。

米国企業の経営再建に人員整理はつきものだが、著者は強制解雇しなかったらしい。それより、従業員が「朝ベッドから飛び起きたくなるような」働く動機を見いだすことが先決と考えた。例えば、「顧客の夢をかなえるため」といった自分を突き動かす動機を自覚した従業員は生産性が上がり、離職率が下がるなど経営にもメリットがある。

本書にある動物園の飼育員の例はわかりやすい。多くは大卒者だが、1日の大半を動物の排せつ物の処理や餌やりに費やす。それでも辞める人が少ないのは、彼らがその仕事に意味を見いだし、幸福感を持って働いているからだ。どんな仕事でも、意味やパーパスを見つけることができればエンゲージメント(働きがい)は高まる。

■パーパスと個人の夢を結ぶ

企業の存在意義を見定めて、パーパスを言葉にすることは簡単ではないようだ。ベスト・バイのパーパスは「テクノロジーを通して顧客の暮らしを豊かにする」だが、この言葉にたどりつくまで、著者は2年以上にわたって幹部と会議を重ねたという。

良いリーダーはパーパスを掲げただけでは終わらない。ベスト・バイのある店長は、従業員一人一人の夢を把握し、それらをかなえるため一緒に働いた。「テクノロジーを通して顧客の暮らしを豊かにする」に沿うことで、従業員自身もキャリアアップし、結果として店舗の業績も改善した。この好循環が「ヒューマン・マジック」の境地だ。

著者が本書で主張することは、「株主利益至上主義」という1世代前の資本主義の常識を塗り替える。ただ、それは利益を度外視するという意味ではなく、従業員を大切にすると結果的に利益も最大化するという考え方である。環境や経済におけるサステナビリティー(持続可能性)や、働く人のメンタルヘルス(心の健康)が課題となっている現代において、新たな羅針盤となる経営哲学だろう。

今回の評者 = 戎橋 昌之
情報工場エディター。元官僚で、現在は官公庁向けコンサルタントとして働く傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。大阪府出身。東大卒。

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