ひらめきブックレビュー

TOEIC900点の実力 自動翻訳の驚くべき進化 『AI翻訳革命』

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「まだまだ使えないな」と思っていたサービスが、気がつくと長足の進歩を遂げていて驚くことがある。例えば、スマートフォンの音声認識機能だ。「iPhone」に音声アシスト機能「Siri(シリ)」が搭載され、日本語に対応したのがちょうど10年前の2012年。当時は喜んで、いろんな言葉をかけて遊んだものだが、反応が間違っていたり、「すみません、よく聞き取れませんでした」と応答されたりしたことも多く、実用性が低いと感じた。それでしばらくは使っていなかったのだが、最近、ふと話しかけてみると、かなり正確に聞き取れるようになっていた。

同じことが自動翻訳にも言える。現在は誤訳が少なく、訳文が自然な日本語に近くなっている。本書『AI翻訳革命』によると、著者が実験したところ、自動翻訳の英語力は英語能力テスト「TOEIC」が900点の人と同レベルだった。英検1級をパスする可能性もあると思われる。

本書はAI(人工知能)を活用した自動翻訳の最前線をリポートする。簡単な技術解説を交えた現在の姿と、そこに至るまでの開発の歴史、将来の可能性などをわかりやすく解説している。著者の隅田英一郎氏は国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)フェローで一般社団法人アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)会長。国内トップクラスの自動翻訳研究者の1人だ。

■深層学習で飛躍的に精度を上げる

「TOEIC900点」レベルと紹介したが、本当は自動翻訳の英語力をTOEICのスコアで測るのは適当ではないように思う。というのも、今の自動翻訳は人間のTOEIC受験者とは異なり、与えられた英文の文法や単語の意味を理解せず、文脈を読み取ったりもしていないからだ。では、どうやって翻訳しているかというと、ひたすら対訳データを覚えて、パターンを当てはめている。すなわち、膨大な対訳データの集積であるビッグデータを、今のAIの基本技術である深層学習を用いて解析しているのだ。

この技術が確立する10年代以前の自動翻訳の多くは、文法の規則を用いて文の構造を分析し、対訳辞書を参照して単語を変換するなどしていた。だが、自然言語にはルールに当てはまらないイレギュラーな表現も少なくない。それを無理やりルールに当てはめようとすると誤訳が生じる。結局、当時の自動翻訳の実力は、人間の翻訳者の足元にも及ばなかった。

■日本では「翻訳バンク」の取り組みも

日本では、総務省と、著者の所属するNICTが「翻訳バンク」の取り組みを進めている。これは、国内のさまざまな機関や企業、団体にある、これまでの対訳データを1つの公的機関に集積し、最高精度の自動翻訳システムの完成をめざすものだ。

ただ、著者は自動翻訳の精度は現時点で約9割にすぎないため「天気予報のようなものと考えるべきだ」と助言している。現時点では「はずれる(誤訳がある)こともある」ことを前提に活用したほうがよいということだ。私たちは得てして機械に完璧を求めがちだが、そうした意識も時代に合わせてアップデートすべきなのかもしれない。

今回の評者 = 吉川 清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。早大卒。

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