日本のエンタメ史に輝く伝説のヒット作はいかにして生まれたのか。エンタメ社会学者の中山淳雄氏がテレビ、マンガ、ゲーム、音楽などのプロデューサーたちにインタビューした最新刊『エンタの巨匠 世界に先駆けた伝説のプロデューサーたち』から一部抜粋してお届けする。今回登場するのは『ドラゴンボール』『ドラクエ』を仕掛けた鳥嶋和彦氏。手に触れた物をすべて黄金に変えるといわれたギリシャ神話のミダス王のごとく、まさに「漫画のミダス王」のような伝説の編集者だ。

日経BOOKプラス 2023年2月21日付の記事を転載
▼関連書籍(クリックで別サイトへ) 『エンタの巨匠 世界に先駆けた伝説のプロデューサーたち』

中山淳雄氏(以下、中山) 自己紹介をお願いします。

鳥嶋和彦氏(以下、鳥嶋) 鳥嶋和彦です。集英社で少年ジャンプの編集を長くやってきまして、鳥山明さんの『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』などに関わっていました。2015年に白泉社の社長に就任して、その後この1年は顧問として残っておりましたが、今年(2022年)の11月でそれも終わり。完全にサラリーマンを辞めて、さてどうするかという感じです。

鳥嶋氏は『Dr.スランプ』の「Dr.マシリト」などマンガやゲームで何度もキャラ化されてきた(写真/北山宏一 以下同)
鳥嶋氏は『Dr.スランプ』の「Dr.マシリト」などマンガやゲームで何度もキャラ化されてきた(写真/北山宏一 以下同)

就活は48社を受けて内定は2社。配属先は不本意なジャンプ編集部

中山 そもそも集英社にはどうして入社されたのですか?

鳥嶋 オイルショックの翌年で就職不況だったんですよ。行きたかった文藝春秋も、テレビ局や電通なんかも募集をストップしていた。慶応大学で、この成績だったら結構どこでも入れると高をくくっていたのに、ふたをあけたら48社受けて受かったのは2社だけ。集英社と生命保険会社だった。

中山 決して就活勝者ではなかったんですね。生命保険会社との2択ですか。

鳥嶋 文芸の編集者、特に集英社の『月刊プレイボーイ』をやりたかったのでそちらを選んだんです。でも内定して、まともに調べていなかった集英社から送られてくる「集英社の本」の見本はマンガばかり。だんだん嫌な予感がしてたんですよ。

 内定者研修が終わって、ついに配属が決まるんです。研修後に人事が新入社員全員を連れて、ビルの上から該当部署に配属していくんです。ほとんどの同期が集英社ビルで配属されて、残ったのが私ともう1人だけ。当時、もう1つだけ別ビルがあり、そこに入っているのは『月刊プレイボーイ』編集部と『週刊少年ジャンプ』編集部。これは天国か地獄だなと思いながら連れられて、もう1人の同期が最初にプレイボーイ編集部に置かれていった時点でゲームセット。

「読みやすいマンガ」の特徴に気付き、読者アンケートが急上昇

中山 マンガが好きではなく、不本意な配属からのスタートだったんですね。当時はどんなモチベーションでやっていたんですか? ちばてつやさんのマンガをもとに、ものすごい分析をされていたお話を聞きましたが。

鳥嶋 少年ジャンプのバックナンバーを読んでもちっとも面白くなかったから、くさってましたね。僕は残業したくないし、編集部にいると余計な仕事をふられるから、やることやったらいつも小学館の資料室で昼寝してたんですよ。当時、集英社の隣のビルだったので。その資料室でマンガを読み始めてみたら、竹宮惠子さんとか萩尾望都さんのマンガに出会ったんですね。この人たちのマンガは知性もあるし、尖っていてとても面白かった。

 それで気付くんですよ、「マンガがつまらないんじゃなくて、つまらないマンガがジャンプに載ってるだけなんだ!」って。

中山 しょっぱなから辛口すぎます(笑)。

鳥嶋 それで自分なりにどんなマンガがあるんだろうと、片っ端から読んでいくと、明らかに「読みやすいマンガ」と「読みにくいマンガ」がある。それぞれ見比べて読みやすいものを残していった結果、最後の最後まで残ったのがちばてつやさんの『おれは鉄兵』だった。1話19ページのすべてのコマについて、なぜこのコマ割りで、なぜこのアングルなのか、とにかく徹底して読み込んだ。50回くらい繰り返し読み込むと、コマ割りという「マンガの文法」に気付くんです。

中山 「マンガの文法」を自分で編み出したんですね! そういう大事なことって、ジャンプ編集部で伝承されているものかと思っていました。

鳥嶋 なにも教えてなんかくれないです。皆勝手にやってるだけ。僕も自分なりに考えだした「マンガの文法」を実践で使ってみようと、1人1人の新人マンガ家でそれを応用していった。するとみるみるマンガらしくなって、読者アンケートの結果も目に見えて上がっていったんですよ。それでマンガ編集って面白いじゃないか、と思えるようになったんです。

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