ひらめきブックレビュー

日本に8人しかいない職業 切手デザイナーの仕事とは 『切手デザイナーの仕事』

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Eメールの普及で手紙は減ったが、年賀状やグリーティングカードをやりとりする人は少なくないだろう。はがきや封筒の端に貼られた切手に、思いがけない絵柄を見つけて和んだ経験はないだろうか。

日本では、普通切手やはがきの切手枠に加え、年間約40件の特殊切手が発行されているという。これらすべてのデザインを手掛けているのが、日本郵便の切手・葉書室に勤める8人のデザイナーだ。本書『切手デザイナーの仕事』は、この一人ひとりに取材し、切手を通じて見えてくる8人8様のデザインのスタイルや仕事観をつづっている。

コラムで紹介される切手の制作や印刷についての豆知識も楽しめるほか、多数掲載された切手のカラー写真に見入ってしまう。切手の愛好家だけでなく、デザインに興味のある人にはうってつけの本だ。著者の間部香代氏は、児童文学を多く手掛ける作家である。

■少し引いたぐらいがちょうどいい

デザイナー8人の性別や年齢はさまざまで、新卒、中途採用、社内公募など経歴もばらばらだ。切手・葉書室課長の玉木明デザイナーは、愛知県立芸術大学から、新卒で当時の郵政省に「技芸官(現在の切手デザイナー)」として入省した。これまでに1000券種以上のデザインを手掛けた。

切手は老若男女、誰もが安心して手にとれるデザインがいい。そのためには、押しの強いデザインより、少し引いたぐらいがちょうどいい。分かってはいても、玉木デザイナーは当初は迷っていたようだ。もともと、資生堂やサントリーといったデザイン界の名門企業に憧れていた。時代の最先端と切手のデザインを比べて落ち込むこともあったという。

しかし、東京タイプディレクターズクラブによる「東京TDC賞」に個人的に挑戦して受賞。これで吹っ切れた。彼の手による「東日本大震災寄附金付」切手のやわらかいデザインは、葛藤を乗り越えたからこそ実現できた作品に感じられた。

■「もつ鍋」を描いた丸い切手

中途採用者の一人が、吉川亜有美デザイナーだ。東京芸術大学美術学部デザイン科を卒業後、化粧品会社でボトルやパッケージのデザインを手掛け、ニューヨークで陶芸などを学び、帰国後に結婚・出産を経て切手デザイナーとなった。

「のびのびと育ててもらっている」と語る古川デザイナーによるデザインは、2020年から始まった「おいしいにっぽんシリーズ」が象徴している。例えば、「博多ラーメン」や「もつ鍋」が、真上から見た構図で丸い形の切手になっている。丁寧に取材して描かれた絵からは、遊び心の中にも食べ物への愛情が感じられ、料理を作る人たちへのリスペクトまで閉じ込められているかのようだ。

受け取る人の気持ちを思って、切手を選ぶ。選んでくれた人の思いを受け取る。そんなやりとりの向こう側に、小さなスペースに丹精を込めるデザイナーたちがいることを本書は教えてくれた。日本の切手文化の豊かさとともに、誇りを持って働くことの素晴らしさを感じられる一冊だ。

今回の評者 = 前田 真織
2020年から情報工場エディター。2008年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

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