栽培も醸造も完全有機のワイン 埼玉・武蔵ワイナリー
埼玉県の中央部に位置する小川町は豊かな自然環境を生かした和紙や日本酒造りで知られる。さらに「有機農業の町」でもある。武蔵ワイナリーはこの町でブドウ栽培から醸造まで「完全有機」の自然派ワインを生産する、全国でも稀有(けう)な醸造所だ。
東京・池袋駅から電車で約1時間。東武東上線とJR八高線が交わる小川町駅から北に3キロほどの里山に、武蔵ワイナリーの販売所や醸造所の建物がある。すぐ横には耕作放棄地を活用した約3万平方メートルのブドウ畑があり、周囲には森林や池などが広がる。ワイナリーの代表・醸造責任者の福島有造さんは「都心からも比較的近く、自然もある。ワインを造るには適した場所だ」と話す。
福島さんは北海道大学工学部を卒業後、銀行勤務を経て不動産事業に関する会社を経営していたが、自然と共生する有機農業に可能性を感じた。
2010年から小川町で有機農法を学び始め、11年から無農薬のブドウ生産に参入。同町は1970年代から有機農法を実践する金子美登さんらが「小川町有機農業生産グループ」をつくるなど有機農法が盛んで、福島さんもその一員となった。
ブドウの有機栽培は日本のような高温多湿の環境には適さず、当初はすぐにブドウが病気になるなど苦難の連続だった。それでも、湿気や雨からブドウを守るために特製の雨よけをつけ、害虫はこまめに駆除するなど工夫を重ねた結果、質の高いブドウが収穫できるようになった。
現在栽培している主なワイン向けのブドウ品種は「小公子」や「ヤマソービニオン」など数種類。醸造の際、酸化防止剤である亜硫酸塩は使用しない。培養酵母も添加せず、天然酵母のみで醸造する。14年からは委託生産したワインを販売していたが、19年に自前の醸造所が完成した。
実際にワインを飲むと、ほのかな果実そのものの香りが口に広がり、どんな食べ物にもよく合うすっきりとした味わいだ。福島さんは「ブドウの自然な味わいを楽しめる。日本国内ではここまで有機農法や天然醸造にこだわったワインはないはずだ」と自信を見せる。
福島さんはブドウ農家、ワイン醸造家の他に、日本酒の杜氏(とうじ)という顔も持つ。ワイン生産に先立ち、小川町の老舗酒蔵「武蔵鶴酒造」で酒造りのイロハを学んできた。15年からは先代杜氏の引退に伴い、武蔵鶴の杜氏に就任。現在もワイン、日本酒の「二刀流」を続ける。
武蔵ワイナリーは販売所で自社のワインや武蔵鶴で醸造したオリジナル日本酒などを販売する。お酒と有機野菜を組み合わせた食のイベントなども開催してきたが、新型コロナウイルスの影響でここ1年半ほどは多くが中止・延期になった。
「緊急事態宣言が解除され、ようやく正常化した。ブドウ生産、醸造、販売と農業の6次化を進めたい」と福島さん。小川町が有機ワイン生産の一大拠点になる日を夢見ている。
(さいたま支局 岩崎貴行)
[日本経済新聞電子版 2021年11月18日付]
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